第9話 主
「っ!」
痛みと疲れの残る体に鞭を打ち、俺は必死で冒険者達について行く。冒険者一行は今、主の元へ向けて時計塔内部の階段を駆け上っているところだ。
サイクロプスを撃破した俺達は、守護者の居なくなった時計塔の門を通過し、無事時計塔に乗り込むことに成功した。しかし、俺は先程の戦いの反動により、階段を上るのにも一苦労する体になってしまっている。モンスターが出現しないというのがせめてもの救いか。
長大な螺旋階段を無心に駆け上る。数分後にはこの世界の王と対峙し、最後の戦いが始まるだろう。
後方支援部隊の更に後ろ、一行の最後尾につく俺の隣で、俺のことを案じて一緒に居てくれているリリアが口を開く。
「アイル、大丈夫?」
「あ、ああ、何とか」
「そう……でも、あなたはさっきぼろぼろになるまで戦ったんだから、主戦では後方に退避しててもいいと思う」
「……お言葉に甘えるよ、って言いたいところだけど、Aクラスなんだからたぶん一人でも人手は多い方がいいだろ?だから、出来るとこまでは頑張ってみるよ」
「……無理はしないで」
「……ああ。わかった」
さっきの俺の惨状を目の当たりにして、リリアが少ししおらしくなっている。本気で心配してくれているリリアを見て、少女の心根の優しさに気づく。
ーー大丈夫。これ以上、リリアに心配はかけないさ。
心の中で優しい少女に、そして自分に向けて、そっと言い聞かせた。
前方を走る冒険者達が徐々に速度を落とす。最後の段を上がると、開けた場所に出た。
その広間の奥に、時計の盤面に空いている穴から外を眺めている人物の影が。
「ダグラス……なのか……」
ラウトが問う。彼がこの世界の主、ダグラス・ハイマンなのであろうか。
「……妻と、娘がいたよ。向こうの世界に置いて来てしまったと思っていたんだがな……。娘は私に向かって、いつもと変わらない笑顔を向けるんだ。それはもう可愛くてな」
外を見たまま男が言う。その横顔からは、男の真意を読み取ることは出来ない。
「どう思う?ラウト」
男が振り向いて問う。その顔は、あくまでも穏やかだった。
「どういう意味だ」
低く抑えた声でラウトが問い返す。男は、ゆっくりと腕を持ち上げ、ラウトを指差した。
「お前ならわかるだろう?」
男の言葉の意味が俺には分からなかった。ラウトの方を見るが、見えるのは彼の大きな背中だけで、表情を知ることは出来ない。
「……それでもお前は、私の世界を壊すと言うのか」
男の言葉にラウトが拳を握り締めていることに気づく。それも、血が出そうなほどに強く。
一度深呼吸をして、ラウトが答えた。
「……ああ。それでもだ。俺には調査団小隊長として、ここにいる冒険者達を元の世界に返す義務がある。だから、お前の望みを聞いてやることは出来ない」
しばし、二人が視線を交換し合う。男の顔は、まだ穏やかなままだった。
無言の時間が流れた後、男が残念そうに口を開く。
「そうか。それならば、仕方ないな」
男と冒険者達の間、広間の中央に、魔法陣が出現する。
「ダグラスさん!」
隣でリリアが叫ぶ。魔法陣からは何体もモンスターが出現し始めていた。
「リリア……お前もここに居たのか。だが、誰が居ようと、私の決意は変わらない」
出現したのは、モンスターの大群だった。恐らく、冒険者の数倍はいるだろう。
男が声を張り上げて俺たちに宣言した。
「私の名前はダグラス・ハイマン!私は、私の世界を守るために、戦う!」
直後、モンスターの大群が押し寄せて来た。