第8話 魔力強化
地面すれすれを弾丸のように駆けて行く。
一秒。
サイクロプスが拳を振り下ろし始める。
二秒。
シエルの目の前にサイクロプスの拳が迫る。
「間に合えええええ!!」
拳をギリギリのところで避けるように、スライディングしながらシエルを抱き抱え、間一髪のところでサイクロプスの足元を通過する。振り下ろされた拳は、さっきまでシエルが居た地面を粉々に砕いていた。
足でブレーキを掛けながら、シエルを後方の冒険者達に託すと、俺はもう一度地面を蹴ってサイクロプスに迫った。
「おお!!」
高速で空を駆けてサイクロプスの左脇腹に渾身の斬撃を浴びせると、そのままの勢いでサイクロプスの後方に抜ける。サイクロプスの悲鳴を聞きながら、空中にまるで壁でもあるかのように空を蹴り、後方から右脇腹を切り裂く。
「うおぉぉぉぉぉ!!」
幾度も空を蹴り、目にも留まらぬ速さでサイクロプスの全身を切り裂いて行く。
ーーもっと速く!もっと!!もっと!!!
制限時間の中でサイクロプスを撃破するべく、俺の攻撃はどんどん加速して行った。
「いっけええええ!!」
最後の一撃をサイクロプスの胴体に叩き込み、速度を保持したまま後方に抜ける。次の瞬間、俺の体は俺の体では無くなった。さっきまで光っていた全身は元に戻り、制御の効かなくなった体が空中に投げ出される。何もすることが出来ない俺は、地面に勢い良く叩きつけられ、ごろごろと数マルト転がった。
直後、バァン!とけたたましい音が鳴り、空からサイクロプスの眼球が降って来た。どうやらサイクロプスを撃破出来たようである。
「アイル!」
「アイルさん!」
リリアとシエル、他の冒険者達も駆け寄ってくる。俺がサイクロプスと戦っている間に無事周りのモンスターを片付けることが出来たらしい。
「アイル、大丈夫!?」
リリアが心配そうな声音で俺に声を掛け、シエルと共にしゃがみ込む。しかし、俺は声を出すことはおろか、口さえ開けることができなかった。
「待ってて!今回復するから!」
そう言ってリリアが治癒魔法をかけ始める。徐々に体の感覚が戻って来るのを感じるが、それと同時に痛覚が戻り、全身に激痛が走る。
「っ!」
歯を食いしばり、痛みに耐える。俺はどうにか動くようになった口で、リリアに返事をした。
「ごめんな、リリア……」
「いいのよ。……今は、喋らなくていいわ」
俺の身を本気で案じているようで、リリアは気をつかってそんなことを言ってくれた。俺は心の中でリリアに礼を言う。
しばらくの間、俺はリリアの治癒魔法に身を委ねた。
数分後、俺は痛みが引くのと体の感覚がある程度戻るタイミングを見計らって、リリアに声を掛けた。
「ありがとう、リリア。何とか、動けそうだ」
制御出来るようになった身体を起こし、リリアに礼を言う。
「よかった……」
ホッと安心するリリアの横から、目にいっぱいの涙を溜めたシエルが俺を見た。
「ありがとうございます、ありがとうございます……!!アイルさんに助けてもらえなければ、私は……今ごろ、死んでいました……!」
スカートの裾を握り締め、溜まった涙が耐え切れなくなったように頬を流れ始める。止まらない涙にオロオロしながら、俺は精一杯の痩せ我慢でシエルに笑いかけた。
「よかった、シエルが無事で……。俺は大丈夫だから、気に病むことはないよ」
「で、でも……」
シエルは俺の言葉を素直に受け取ることができないらしく、なおもスカートを強く握り締めてうつむいていた。無理もない。自分のせいで誰かが傷付いたのならば、気にするなという方が難しい話である。俺は迷った末、なおも泣きじゃくる彼女の頭にポンと手を置き、ある提案をすることにした。
「じゃあ、この世界から出たら、俺にお礼をしてくれ。それならいいだろ?」
シエルは突然の提案に驚いたように顔を上げ、きょとんとした顔で俺を見た。その顔に思わず笑いながら、シエルの目を見て言う。
「だから、泣き止んで、な?」
俺がそう言うと、シエルは何かに気付いたように頬を赤らめ、素っ頓狂な声を出した。
「ひゃ、ひゃい!わかりました!お礼、お礼ですね!」
慌てて目をゴシゴシしたシエルは、頬に手を当ててぷいっと向こうを向いてしまった。彼女が何か物凄い勘違いをしているような気になった俺は、シエルに声を掛けようと思ったがそれよりも早くラウトに声を掛けられる。
「助かった。礼を言うぞ、少年。サイクロプスを逃したのは俺の責任だ。悪かった」
そう言って頭を下げようとするラウトを慌てて制す。
「や、やめて下さいよ。あれは、予想できるようなものじゃなかった。ラウトさんを責める気なんて、全くありませんよ」
「……そうか。それでは、心の中で感謝するに留めておこう。……それはそうと、さっきの高速の剣技は一体何だ?」
「ラウトさん、今は……」
俺の身を案じたのか、止めに入ろうとしたリリアを制して、俺はよろよろと立ち上がった。
「さっきのは、魔力を使った高速移動……魔力強化です」
俺の言葉に周囲の冒険者達がざわめく。無理も無いだろう。なぜならば、この能力は……
「魔力を使った高速移動?聞いたことがないな」
案の定、ラウトが訝しむように顎を撫でた。
「そうだと思います。この能力は、たぶん俺しか持っていないんです」
そう。この能力は恐らく、世界中を探してもただひとり、俺しか持っていない能力なのだ。
いや、それも違う。元々は俺の能力ですらなかった……
「ふむ。それで、その能力は一体何なのだ?速く移動出来ることは分かったが、使用後になぜ体が動かなくなる?」
「この能力は、体中の全ての魔力を消費するんです。それも、高速で移動できるのはたったの十秒間だけ。……この能力は、言わば諸刃の剣なんですよ」
そう告げると、冒険者達は先程とは打って変わって黙り込んでしまった。能力使用後の俺の状態を思い出したのだろうか。
「そんな能力が、どうして……」
心配そうな顔でリリアが呟く。
「俺にも詳しいことは分からない。ある日を境に使えるようになったんだ」
肩をすくめながら答える俺に、リリアは真剣な眼差しを向けて来た。背中に冷や汗が流れるのを感じながら、リリアの視線を受け流すことに全力を注ぐ。
そのまま数秒が経過したが、リリアは俺を見逃してくれるらしく、それ以上は何も言わなかった。