第7話 広場の死闘
時刻は午前十一時。広場に向けて進軍を開始してから、約四十分が経過。道中何体かのオーガやリザードマンと遭遇したが、それらを危なげなく撃破し、冒険者の集団は広場まであと少しという所まで来ていた。
「そういえば」
不意にリリアが何かを思い出したように言ったので、俺は隣を歩く少女に目を向ける。
「昨日から気になってたんだけど、それ、何が入ってるの?剣は腰に差してるみたいだけど……」
言いながら、リリアは俺の背中を指差した。
「ん?ああ、これのことか」
どうやらリリアが言っているのは、俺が背中に背負っている袋のことらしい。
「これはゴブリンの棍棒だ。昨日リリアと会う前に入った幻思世界で倒したゴブリンの戦利品だよ」
「ゴブリンの棍棒……?それで戦うの?」
不思議そうな目で見て来るリリアの視線が少々俺には痛かったので、目を逸らしながらリリアの質問に答える。
「い、いや、まあ、そうとも言えるけど、これで実際に戦うってわけじゃない。これはお守りみたいなもんだな」
「お守り……」
なおも不思議そうな目を向けるリリアだったが、一応は納得してくれたようで、それ以上は聞かずに前を向いた。
俺も前を向くと、前方を歩く冒険者達が突然止まったので慌てて足を止める。
「ここの角を曲がると広場に着く。サイクロプスの視界に入ると戦闘が始まるので、ここで最終確認をさせてもらう」
どうやらもう広場に着いたようであった。ラウトが最後の作戦確認を始める。
「サイクロプスと戦うのは前衛と遊撃隊だ。戦闘が始まったら、まず距離を取ってサイクロプスの周囲を囲む。そして、サイクロプスの後方に居るパーティーが攻撃を加え、サイクロプスが振り向いたところで別のパーティーがサイクロプスの後方から攻撃する。サイクロプスの狙いが絞られないように、これを繰り返す」
そこで言葉を切ると、ラウトは集団の後方に向けてよく通る声で話し掛けた。
「後方支援部隊は、負傷者の手当てをしてくれ。護衛部隊は、後方支援部隊の護衛を頼んだ」
いよいよだ。迫り来る決戦の時を前に、俺は武者震いをした。ここで勝たなければ、帰ることは叶わない。
皆も同じ心境であったのであろう、集団の緊張感が高まっていくのを感じた。
「準備はいいか!……行くぞ!」
ラウトの掛け声とともに、冒険者達の鬨の声がこだまする。集団は角を曲がり、勢い良く広場に雪崩れ込んだ。
「グオオオオ!!」
冒険者達を視認したサイクロプスが咆哮する。その恐ろしい体躯に、俺は全身が粟立つのを感じた。
「怯むな!!回り込め!!」
先陣を切るラウトが叫ぶ。ラウトに応えるように、冒険者達は雄叫びを上げ、サイクロプスを取り囲もうとする。
その時。
広場に、多数のモンスターが殺到した。
「な、何だ!?」
俺は立ち止まって叫んだ。広場に繋がる全ての道から、続々とモンスターが集結していた。その数は、恐らく三十は下らないだろう。
「一度にこんなに!?どうして!?」
誰に向けるでもない俺の叫びに、リリアが答える。
「主は実際に危害を加えない限り、私達に干渉はしてこない……だとするなら」
周囲を見回すリリアが、何かを発見したのか、鋭く叫ぶ。
「あれよ!」
リリアが指差した方向には、何かが落ちていた。
「っ!あれは!」
モンスターを呼び寄せる、匂い袋だ。
リリアが素早く左手を掲げると、短い詠唱の後、水の攻撃魔法、「ストリーム」を繰り出した。
呼び出された水が滝のように流れ袋を濡らす。匂い袋は濡らすことで効果が消えるため、リリアはこの魔法を選んだのであろう。
しかし、この袋は……
「一体誰が……」
「今は考えている暇は無い!アイル、周りを見て!」
呆然と呟く俺をリリアが叱る。言われるがまま周囲を見ると、そこにはおよそ作戦とは言えないような光景が広がっていた。
乱戦。オーガやリザードマンの群れが介入することによって、対サイクロプスの布陣は既に機能しなくなっていた。敵味方入り乱れ、時折冒険者の悲鳴が聞こえる。そこはまさしく、戦場だった。
「くそっ……!」
俺は悪態をつきながら走り出した。一体のリザードマンが剣を構えて、俺の進路を阻む。
「そこをどけええええ!!」
叫びながら、上段斬りを放つ。しかし、俺の斬撃は虚しくもリザードマンの盾に阻まれてしまった。
「ぐるるっ!」
しめたとでも言うように喉を鳴らして、リザードマンは右手の剣を振りかぶる。
「イィィィィヤッ!」
その時、俺の左から勢い良く走って来たリリアが、右手の剣に力を溜め、鋭い突きをリザードマンに打ち込んだ。
「ぐるあっ!」
リザードマンは短い叫び声を上げたかと思うと、直後に硬直し、四散。何とか斬撃を浴びることから回避することができたようだ。
「あ、ありがとう、助かった」
「ええ。でも、冷静さを欠いては危険よ、アイル」
「ああ。気をつけるよ」
周囲を見回す。サイクロプスの相手はラウトのパーティーと、もうひとつのパーティーが請け負っているようだ。他のパーティーは、周りのモンスターを相手にしている。冒険者達は不測の事態にも関わらず善戦しているようで、モンスターの数は確実に減っていた。
しかし、それと同時に、負傷者が増えていることに気付く。シエルを含む支援部隊の三人は、護衛部隊に守られつつ負傷者の傷の治療に忙殺されているようだ。
「俺達も行こう!」
そう言って、前方の冒険者の加勢に行こうとした、その時。
「ゴアアアア!!」
再び、サイクロプスが吼えた。
「っ!」
サイクロプスの方を見る。奴の大きな目は、近くのラウト達ではなく、遠くの誰かを捉えていた。
ーーなんだ!?
そう思ったのも束の間、サイクロプスは勢い良く走り出した。
「く、来るなああああ!!」
サイクロプスの進行方向に居る冒険者達が、口々に悲鳴を上げる。優勢に転じたかと思った戦況が、サイクロプスの奇行によって一気に劣勢に逆戻りする。
サイクロプスの向かう先は……後方支援部隊。
「シエルっ!」
隣に居たリリアが悲鳴にも似た声で叫ぶ。二百マルト近くあった距離を、サイクロプスは既に半分以上詰めていた。
「シエル!」
焦燥感に駆られるまま、俺は走り出した。しかし、このままでは間に合わない事は、誰の目にも明らかだった。
あのサイクロプスの攻撃に、助走が加わってしまえば、恐らくとんでもない一撃になるだろう。
それをまともに食らえば、間違い無くシエルは死んでしまう。
「くっ!」
サイクロプスがどんどんシエルに迫って行く。
ーー俺はまた、目の前で女の子が死ぬのを見るのか!?
ーーあの時、決めたんだろう!?
ーー出し惜しみしてる場合じゃない!!
その瞬間、俺の身体を光が包む。
直後、轟音と共に、俺は地面を蹴った。