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死後の世界を破壊する  作者: 田村宗也
第1章 死者の世界
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第2話 ふわふわウサギと地獄の入り口

ウサギを追う、胡桃(くるみ)色の髪の少女を追う形で俺は後に続いた。

入り組んだ路地を器用に駆けて行く少女に、剣と棍棒を身に付けた俺は必死でついて行った。


すると、不意に道の先に光が見えた。どうやら大通りに出るようだ。


大通りに出た瞬間、眩しさに視界が奪われる。徐々に回復する視力をもどかしく思いながら、周りに視線を巡らす。


居た。


どうやら少女もウサギを見失ったようで、あたりをきょろきょろ見回していた。俺は意を決して声を掛ける。


「あの!」


少女はびくっと体を震わせた。そして、絹糸のように細く、鮮やかな光沢をたたえた髪をなびかせながら、俺の方に振り向いた。


俺は再び、その姿に言葉を失くした。


おそらく歳は同じくらいであろう、十六、七歳だと思われる少女には、しかし大人びた印象も受けた。可憐さと、大人の美しさが同居したような少女。睫毛は長く、同じく胡桃色の瞳には、見惚れてしまうほどの光があった。あまりの美しさに言葉を失った俺は、呆けた顔で彼女の顔を見続けていた。


「あの……」


声を掛けられ、我に返る。


「あっすみません、俺、アイルって言います。ウサギを追ってましたよね?」


少女は少し驚いたような表情をしたが、すぐに(いぶか)しげな表情を見せた。


「私のことをつけてたんですか?」

「いや、全く変な意味でつけてたんじゃなくて、俺も依頼を見てウサギを探してて、ウサギを偶然見つけたら君がウサギを追ってて……」


少女はまだ俺を疑っているようだったが、今はウサギを追うのが先らしく、話を進めてくれた。


「そうですか。今はそれを信じます」


俺は内心ほっとして、少女に次の質問を投げかけた。


「歳はいくつですか?」


どこかでカラスが鳴くのが聞こえた。


いや、順番が違う!そもそも女性に歳を聞くのは失礼すぎる!

自分の失言にダラダラ汗をかきながら、少女の顔を恐る恐る見る。


案の定、少女は冷ややかな目で俺を見ていた。


死んだ……


そう思ったのも束の間、少女は小さく溜息を吐き、素直に答えてくれた。


「十六歳です」


俺と同い年だった。予想はしていたものの、少女の見た目や言動にそぐわず、少し驚く。


「俺も十六歳。同い年みたいだから、敬語は使わなくてもいい?」


少女はコクリとうなづいた。


「じゃあ」

「移動しながら話しましょう。ウサギがまだ近くに居るはずだわ」

「わかった。ウサギがどっちの方向に行ったかわかるか?」


大通りは東西に伸びている。


「こっち」


少女は東を指して歩き始めたので、俺も慌ててついて行く。


「名前を聞いてもいいか?」

「リリア」

「リリアか……。よろしくな」

「よろしく、アイル」

「とりあえず、ウサギ探しを協力してするってことで」

「了解」


これで一通りの必要な会話はできた。ウサギをきょろきょろ探しながら、俺はそう思った。


ーーしかし……彼女は結構冷たいのか……?いや、まあ俺が歳なんて聞くのが悪いんだけど……


「見つけた!」


俺が悶々としている間に、リリアはウサギを捕捉することに成功したようだ。ウサギは裏路地の奥にいる。

俺達も裏路地に入り、ウサギに気付かれないように近づいていく。


「待って」


リリアが音量を下げた声で俺を止める。


「少し手荒だけど、許して」

そう言うと、リリアは右手を掲げて、真っ直ぐにウサギに向けた。


ーー何をするんだ?


次の瞬間、リリアの右手が青く光った。すると、右手からウサギ大の泡がいくつも発射された。


「魔法か!」


低位魔法、「バブル」。水属性の基本的な魔法だ。しかし、彼女は詠唱はおろか、結びである魔法名も口にしていない。


ウサギを目掛けていくつもの泡がふわふわと飛んで行く。ウサギは泡に気付いていないようだ。泡がウサギの体に触れた瞬間、ウサギは泡に閉じ込められ、宙に浮き始めた。ウサギは泡の中でごろごろ回転している。


リリアはウサギに駆け寄り、宙に浮かぶウサギの下に手を添えた。泡が弾け、ウサギがリリアの腕の中に収まる。

リリアに声を掛けようとすると、ウサギに微笑みかけているリリアの顔に少々驚く。


「すごいな」


俺もウサギの側に歩み寄る。


「さっきの魔法、詠唱も結びもしてなかった。どうやって魔法を発動させたんだ?」


リリアは涼しい顔で質問に答えた。


「さっきのは最も基本的な水魔法。魔法士なら詠唱も結びもなく発動できるものよ」

「……そうなんだ」


恐らく凄腕の魔法士なのであろう、彼女は実に当たり前だとでも言うように話した。

魔法だけでなく、彼女は左腰に剣も携えている。剣士でもあるのだろうか。


「それより、早くこのウサギを依頼主に届けましょ」

「そうだな」


そう言って、俺達は大通りに出た。



「どうもありがとうございました。ほら、お姉ちゃん達に挨拶」

「ありがとう!おねーちゃん、おにーちゃん!」


依頼主にウサギを届け、依頼は無事完了した。報酬に千レインを貰ったが、ここで問題がひとつある。


ーー俺、何もしてない気がする。さすがに、報酬は受け取れないな……


そう思った俺の目の前に、リリアが拳を出してくる。


「手出して。あなたの分」

「え?」


言われるがまま、右手を出す。すると、リリアは手を広げ、五百レイン銀貨を俺の手に落とした。


「いいのか?俺、何もしてないけど……」

「いいの。協力して探したじゃない」

「そ、そうか。どうも……」


ここは素直にお言葉に甘えておく。五百レインは俺にとって大金だ。


「依頼は無事終わったわけだけど、これからどうするんだ?」


少しの間行動を共にしたが、名前と年齢以外何も知らない少女に興味本位で聞いてみる。


「私は……」


言いかけたところで、屈強な男達の会話によってリリアの言葉は遮られた。


「おい、聞いたか?東の森のダンジョンに新しい幻思世界(げんしせかい)が発見されたみたいだぜ。しかも、かなり強力な世界だって話だ」

「なに、本当か!オレ達も見に行こうぜ!」


そう言って、男達は駆けて行った。よく見ると、多くの冒険者が東の森に向かって進んでいるようだ。


「新しい幻思世界か……。なあ、リリア、俺たちも見に行ってみ……」


リリアは考え事をしているようで、俺の言葉は耳に入っていないようだ。


「リリア?」


名前を呼ぶと、ハッとして俺の方を見た。


「あ、ごめんなさい。何の話だったかしら」

「俺達も東の森に行ってみないか?」

「そうね……」


リリアはもう一度何かを考えているようだったが、すぐに俺の言葉に答えた。


「ええ、行きましょう」



ウサギを追って街の東に来ていたため、東の森のダンジョンにはすぐに着いた。ダンジョンに入っていく冒険者達の姿が見える。

俺達も彼らの後に続いて、ダンジョンに足を踏み入れた。左手の奥に人だかりが見える。どうやら新しい幻思世界はダンジョンの第一層にあるようだ。

冒険者の流れに乗って、俺達もダンジョンを進んでいく。目的地にはすぐに着いた。


幻思世界の発生源は、二十マルト四方ほどの部屋の中にあるようだ。冒険者が多く、部屋に入りきらない人で溢れている。俺とリリアは、人垣の隙間から部屋の中を覗き込んだ。


どうやら、幻思世界の発生源は剣であるようだ。地面に突き立った剣を囲むようにして人が立っている。


「おかしいわね」


リリアが言った。確かに、俺も引っかかるところがある。


「ああ。こんな上層に今まで発見されてなかった幻思世界があるなんて、ちょっと信じられないよな」


ダンジョンはまだ踏破されていないが、恐らく中層までは調査の手が及んでいるはずだ。こんな第一層に取りこぼした、しかも強力な幻思世界が存在するものだろうか。


「ええ、私もそう思うわ」


そう言った直後。リリアの体が強張ったように見えた。


「嘘でしょ……」


明らかに声が震えている。一体どうしたというのだろうか。


「どうしたんだ?」


震える声で、リリアが答える。


「あれは……あの剣は……」


途切れ途切れに言葉が発せられる。


「ダグラスさんの……!」


リリアは目を見開いて言葉を絞り出した。


「ダグラスさんって?」


問い掛けたが、返事はない。リリアは下を向いて、また何かを考えているようだ。


「まさか……」

「一体どうしたんだ?」


すると、剣の周りにいる冒険者のひとりが、剣に近づいて言った。


「せっかく来たんだ。入っちまおうぜ」


その男が剣に触れようとしたのを見て、リリアが弾かれたように叫んだ。


「だめっ!」


リリアの声は届かず、男は剣に触れた。

その直後、剣が眩しいほどに輝き出し、ダンジョンを照らした。視界が奪われる。


世界が、変わる。



「っ!」


目を開けた時には、すでに幻思世界に入っているようだった。スタート地点は街の広場のようだ。


ーーリリアのさっきの言葉の意味は何だったんだ?


真意を確かめるために、リリアに問い掛けようとしたが、リリアは目を見開いて何かを見ていた。その視線の先には。

人の身の丈の三倍はあろうかと思える一つ目の人型モンスターがいた。


「なんだよ、あれ……」


俺は唖然とした。あんなモンスターには遭遇した事がない。


「サイクロプス……」


静かにリリアが呟いた。


「サイクロプスって、あの!?上位モンスターのサイクロプスか!?」

「ええ。あれは間違いなくサイクロプス。きっと、この世界は……」


余程腕に自信があるのであろう、剣に触れた張本人である冒険者の男が叫ぶ。


「出たな、サイクロプス!俺が討伐してやるぜ!」


そう言って走り出した。飛び上がりながら剣を振り上げ、サイクロプスの胴体に斬りつけようとしたその時。


サイクロプスが腕で男を払った。


その衝撃で男は吹き飛ばされ、街の建物に叩きつけられた。叩きつけられた建物が崩れて、男を押し潰す。

数秒、静寂が辺りを包む。静寂を破ったのは、冒険者達の叫び声だった。


「ひぃぃぃ!!」


勇敢なはずの冒険者達が逃げ惑う。中にはサイクロプスの攻撃を食らう者もいた。


再びリリアが口を開く。


「間違いない。この世界は……Aクラスよ」

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