第13話 帰還
ここは、どこだろう。
気づくと俺は、真っ暗な世界に居た。見渡す限りどこまでも黒一色の世界。
驚くほど軽い腕を持ち上げて、自分の掌を見てみる。周りには光源が見当たらないのに、やたらと自分の体だけははっきりと見えた。現実世界ではありえない現象。
つまるところ、これが死というものなのであろうか。魔力強化の使用限界を超えてしまった俺は、体中の魔力を枯渇させてしまい、死んだ。
しかし、俺は不思議と後悔はしていなかった。最後の一撃はダグラスを絶命させ、リリアも、他の冒険者達も救うことが出来たのだ。あの日の自分の無力感を呪った俺にとっては、むしろ誰かを守れたことに達成感すら覚えている。
「……てやる」
不意に、何も無いと思っていた不思議な世界で、前方から誰かの声が聞こえた。
ーーなんだ?
「……ろってやる」
声が足音とともにだんだん近付いて来る。
その姿を視認した瞬間、俺は背筋が凍るのを感じた。
「呪ってやる!」
「うわあああああ!!」
「うわあああああ!?」
「はぁっ……はぁっ……はぁっ」
「び、びっくりしたー……大丈夫?」
「……え?」
声をかけられて首を動かす。声の主はドアを開けようとしていたカレンさん。気づくと俺は、知らない部屋の中に居た。体の下にはクッション性のある柔らかいものがあり、視線を移してみると、どうやら俺はベッドの上にいるらしかった。
ーー……夢……か
額に手を当てて深く息を吐く。額にはじんわりと汗をかいていた。
「悪い夢でも見てた?」
言いながら、カレンさんがベッドの横まで歩いて来る。
「はい……まあ、そんなところです……」
「そう……」
さっきのは、夢だったのだ。そう、夢。
ーーどこまでが夢だ?
「あの、カレンさん、俺、いったい……うっ!」
「ああ!まだ安静にしてて!魔力の消耗が激しいんだから」
カレンさんが俺の背中に手を当てる。どうやら俺は、魔力の使い過ぎで相当体に負担をかけてしまっていたようだ。
「ここは、ギルドにある救護室だよ。アイル君は、二日前に意識の無い状態でここに運ばれたの。運ばれた時は体がぼろぼろだったんだから」
「二日前!?じゃあ、その間ずっと寝込んでたってことですか!?」
「うん。それだけ魔力を消費してたんだね」
「……そう……ですか……」
カレンさんから目を離し、自分の掌に視線を落とす。どうやら俺は、死という結末からは逃れることが出来たらしい。つまり、あの世界で起こったことは現実……
ーー俺は、人を殺した。
ダグラスに剣が刺さる時の感覚が今になってまざまざと思い出される。恐らく心臓を貫通したのであろう、生々しく、嫌な感覚。モンスターを切るのとは全く異なる感覚。
(呪ってやる!)
「うっ……!」
「大丈夫!?」
いつのまにか椅子に座っていたカレンさんが、再び俺に駆け寄った。
ダグラスの顔が蘇ってきて、頭を抱える。全てを焼き尽くさんとする、憤怒の眼光。俺の首を噛み切る勢いで唇を噛み締めていた口元。あれが、人を殺した時に向けられる感情というものなのであろうか。
俺は、ただただその塊のような負の感情の受け止め方が分からず、恐怖した。
ーー後悔しちゃダメだ……!あの時、俺は正しいことをしたんだ……!
……だから俺は、その感情を受け止めることを放棄することにした。
「アイル君……?」
「大丈夫です……本当に、大丈夫ですから……」
恐らく俺の顔はひどく憔悴していたのだろう、心配そうなカレンさんの顔が視界に入る。そんなカレンさんに心中を悟られまいと、俺は努めて何事もなかったかのように振る舞った。
「ところで、他の冒険者達は無事だったんですか?」
なおも心配そうな顔をしていたカレンさんであったが、俺の意図が分かったのだろうか、椅子に座り直して質問に答えてくれた。
「大丈夫、無事だよ。リリアっていう子と、シエルっていう子が君に会いに何度かここに来てる。昨日はこのくらいの時間に来たから、今日もそろそろ来るんじゃないかな?」
「よかった……無事だったんだ……」
その言葉を聞いて、安堵する。どうやら俺は彼女たちを守ることが出来たようだ。
「それにしても、アイル君も隅に置けないねー。あんなに可愛い女の子たちが君のこと心配して会いに来てくれるなんて」
カレンさんが悪戯っぽい眼差しで俺の顔を見る。予想もしなかった角度から話題が降って来たので、俺はすこぶる動揺してしまった。
「い、いや、何言ってるんですか!何にもないですよ!」
「へぇー?本当にぃ?」
「本当です!」
カレンさんはなおも疑うような視線を投げかけて来たので、俺はその視線から逃れるべく、彼女から目を逸らした。
しばらくカレンさんの視線を感じながら目を逸らしていると、やがて彼女は少し笑って俺に言った。
「ま、そういうことにしといてあげる」
どうやら見逃してくれるらしく、カレンさんは悪戯っぽい顔を引っ込めた。俺がほっと胸を撫で下ろした直後、部屋のドアが開く。
「アイル!?目が覚めたの!?」
「リリア!無事でよかっ」
「アイルさーん!!」
「ぐへっ!」
俺が言い終わらない内に、シエルが俺の胸に頭突きをかましてきた。俺の背に手を回し、ぎゅっと抱きついてくる。
「あ、あの、シエルさん!?」
「よかった……!本当に、よかったです……!」
俺に抱きついたまま、彼女は涙声で言った。その声音から、俺のことを本当に心配していたのであろうことがひしひしと伝わってくる。
「……ああ。心配かけたな」
シエルの頭に手を乗せ、言葉をかける。
そこで俺は、じとーっとしたカレンさんの視線に気がついた。背中に冷や汗が流れるのを感じながら、さっきのカレンさんとの会話で発した言葉について追及されないように、ゆっくりとシエルの頭から手を下ろす。
「シエル、まだアイルは完治してないんだから、そんなことしちゃダメよ」
「は、はい!すみません、アイルさん……」
リリアもベッドの傍らにやって来る。シエルは俺から離れてベッドの隅でちょこんと正座をした。
「リリア。無事でよかった」
さっきは言えなかった言葉を言う。少女は心配そうな顔で俺に返事をした。
「ええ、あなたのおかげでね……。体の具合はどう?」
「まだちょっと痛むな。まあでも、安静にしてれば治ると思う」
「そう……。よかった」
リリアが安堵の色を滲ませる。リリアの顔を見ながら、俺はふと思い出したことがあり、リリアに尋ねた。
「そういえば、ラウトさんは?」
「ラウトさんは、今回の一件の報告のために調査団の本部に赴いているわ」
調査団本部。それは、俺達の住む街アルバから東へ約三百ケイマルト離れた街ベルアードにある、幻思世界調査団の本部だ。アルバにある調査団は第四支部にあたる。
「この件に事件性があるかもしれないっていうことも報告に行ってるんだよな?」
「ええ、もちろん。調査団は今回のことを重く受け止めているわ」
「そうか……」
それもそのはずだ。もしリリアが言っていた、誰かが冒険者を殺すために危険な幻思世界に俺達を誘い込んだという仮説が正しければ、それは世界を脅かす大事件である。調査団としては、一刻も早くこの案件の真実を突き止める必要があるだろう。
「どちらにしても、今このことについて考えても仕方の無いことよ。それより、幻思世界での多大な功績を称えたいからアルバ支部に来てくれって、ラウトさんが言ってたわ」
「お、俺?」
「ええ。あなたが居なかったら、私達は今ここに居なかったかもしれないもの。あなたは、しっかりと称えられるべきだわ」
「そ、そうか。わかった、行かせてもらうよ」
「まだラウトさんが帰って来ていないから、いつやるかはまた今度連絡するわね」
そこで言葉を切ると、リリアはカレンさんの方を見て、深々と頭を下げた。
「この度は、彼の治療の受け入れをしていただき、ありがとうございます。本当は、調査団が責任を持って彼を受け入れるべきなんですが……」
「そ、そんな、いいですよ!ここは冒険者ギルドなんだから、冒険者の彼を受け入れるのは当たり前のことです。それに、調査団は団員だけで手一杯でしょう?だから、気にしないでください」
「……ありがとうございます」
そう言って、リリアはもう一度頭を下げた。
その後、俺の体を気遣ってリリアとシエルは部屋を出た。カレンさんは俺の看病をした後に、仕事へと戻って行った。
ーーみんな元気そうで良かった……
彼女たちの来訪で安心した俺は、いつのまにか眠りに落ちていた。
同日、とある場所で。
「それで、作戦は上手く行ったのか?」
窓から外を眺めながら、男が言う。
「いえ……。予想外に強力な能力を保有している少年によって、作戦は失敗しました」
男の部下であろうか、もう一人の男が答えた。
なおも外を眺めながら、男が意味深な発言をする。
「そうか。力を使ったのか……」
男は、笑っていた。
この話で、第1章は幕を閉じました。
アイルたちはこれからどうなるのか?最後の彼らは一体何者なのか?
少しずつ明らかになっていきます。
是非、これからも物語にお付き合いください。




