第12話 世界の終焉
ーー最悪だ。
俺が破壊したのは、ダグラスの剣のダミー。だから、この世界は崩壊を始めていない。
ーーちくしょう……
なぜ、その可能性に気づかなかった。
なぜ、相手の実力を見誤った。
なぜ、こんな作戦を提案した。
なぜ。なぜ。なぜ。
あとからあとから後悔の念が押し寄せてくる。最初から剣など狙わなければ、或いは……。
いや。それだけは本当に最後の手段だった。たとえ幻思世界と言えども、今目の前にいるダグラスは、紛れもなくひとりの人間だ。彼を手にかけることなど、対人戦の本当の殺し合いを経験したことがない俺にできるはずもない。
魔力強化の二度目の使用の反動か、遠くなる意識の片隅で、俺はそんなことを考えた。
消え行く視界の中で、リリアがモンスター達と奮闘しているのが見える。たったひとりで、俺を守っている。
ーーごめんな。こんな作戦に巻き込んで。死ぬのは、こんな作戦を提案した俺ひとりで十分なのに……
視界が、消える。
思考が、止まる。
意識が、消えて行く……
懐かしい、少女の声が聞こえる。
「ねぇアイル、見て見て!お花の冠作ったの!」
「おー!すごいな!どうやって作ったんだ?」
「えっとねー……」
「ねぇ、アイル。そういえば、わたし、アイルのお誕生日知らないから、教えてほしいな」
「んー?誕生日?いいよ」
「やったぁ!」
「アイル、逃げて!」
「嫌だ……!ユミは、どうなるんだ!」
「いいから、逃げて!!」
……彼女は、最後にどんな顔をしていただろう。俺を、恨んでいたのだろうか。
他の記憶は思い出せるのに、最期の彼女の顔だけが、なぜか思い出せない。
手に抱いていた、ユミの体。俺を守るために、体中から血を流して、白いワンピースを、真っ赤に染めて。
恨まれて当然だ。女の子ひとり守れずに、むごたらしい最期を、彼女だけに押し付けたのだから。
赦されるなんて思っていない。赦されてはいけないとも思う。
……当然だ。
「アイル!大丈夫!?」
リリア。ああ、大丈夫だよ……
リリア?
そうだ、彼女は?
彼女は、どうなるんだ?
俺が、俺の愚かな作戦に巻き込んだ。
それでも今、彼女は俺を守るために必死で戦っている。
まだだ。
意識が徐々に覚醒して行く。
視界に、光が戻り始める。
体が動かないのがどうした。
リリアはまだ、手を伸ばせば届く位置にいるんだ。
もう会えない痛みをまた刻みつけるくらいなら。
助けられなかった後悔をまた背負うくらいなら。
命を賭して、彼女を守れ。
リリアを守って死んで見せろ!
死ぬのは、俺だけで十分だ!
「ああああああああああ!!!」
覚醒と同時に叫ぶ。無理矢理開いた口の中は、血の味がした。
リリアが見える。ダグラスに首を掴み上げられて、剣の切っ先を向けられている。
「何だ!?」
俺の覚醒に驚いたのであろう、ダグラスが俺の方を振り向いた。
「ア……イル……」
リリアが絞り出すように声を出す。
ーー今、助けるからな。
俺に残された最後の手段。
それは、穢れた魔力を保有するモンスターの所有物を媒介として、魔力強化を使用すること。
背中の袋が黒色に光り出す。袋に入っているのは、ゴブリンの棍棒だ。やがてその光は、俺の全身を包み込んだ。
腕をつき、よろよろと立ち上がる。重い腕を上げて右肩の横で水平に剣を構え、ダグラスに切っ先を向ける。
「あああああ!!!」
再び叫び、地面を蹴る。一瞬で距離を詰めた俺は、ダグラスの背に深々と剣を突き刺した。
「ぐふっ!」
鈍い声と共に、ダグラスの背から血が流れ、吐血する。力を緩めた手から、リリアがするりと抜け落ちた。
「がはっがはっ!」
リリアが涙目で咳き込む。どうやら、間に合ったようである。
最後の力を振り絞り、剣を抜くと、ダグラスの穴の空いた胸から大量の血がドバドバと勢いよく流れ出した。
直後、主の死期が近づいているのであろう、世界が光り始める。
ーーなんとか……なったか……
奇跡とも思えるほど持ち堪えていた俺の体から、力が抜ける。バランスを崩した体が、前に倒れて行く。
俺は、再び消えようとしていた視界の隅に、ダグラスの恐ろしい顔を見た。
「呪って……やる……!」
彼は目を血走らせて、血が出るほど唇を噛み締めていた。
俺は、初めて人を殺したのだ。




