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死後の世界を破壊する  作者: 田村宗也
第1章 死者の世界
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第1話 胡桃色の髪の少女

暗い森の中、冷たい雨を浴びながら、少年の腕の中で少女は体温を失っていった。

近くで倒れている獣を一瞥し、少年は空を仰ぐ。虚ろな目は雨に濡れて、滲んだ空を映す。

静寂を埋めるように、雨は激しさを増していく……


もう戻れない。その痛みを残して。


***


死者の魂が残す、俺たちが生きる世界とは異なる世界、幻思世界(げんしせかい)。いくつもあるその世界の中の、ひとつの世界で、俺はモンスターと対峙していた。


眼前にいるのは、下級モンスターのゴブリンだ。右手の棍棒を肩に担ぎ、ぬらぬらした瞳で俺を舐め回すように品定めしている。


その視線に多少の悪寒を感じながら、俺は気合いを入れ直した。右手の剣を体の正面に構え、戦闘態勢に入る。


まるで両者の間に見えない壁があるかのように、お互いに一定の間合いを保ちながら、じりじりと弧を描くように歩く。お互いが立ち止まった、その刹那。


弾かれたように両者が地面を蹴る。


ゴブリンは肩に担いだ棍棒に力を込め、俺に重い一撃を叩き込もうと得物を振り下ろしてくる。


俺はその攻撃を見た瞬間、相手の右手側に進路を変更するべく、右足で地面を強く蹴った。棍棒を体の正面に振り下ろそうとしているならば、利き手の外側に攻撃の軌道を変更することはできないだろうと考えたからだ。


しかし、俺の読みは外れた。ゴブリンは器用に手首を返して、威力を落としつつも、俺に向けて棍棒を振り下ろしてきた。


「っ!」


読みを外して一瞬遅れたものの、なんとか右手の剣を構えて棍棒を迎撃する。威力が落ちているとはいえ、ゴブリンの攻撃は俺の手に痺れを感じさせるほどの重さを残していた。


ぎりぎりと耳障りな金属音を鳴らしながら、剣と棍棒がせめぎ合う。位置的な優位性により、徐々に棍棒に押し込まれていく。


ゴブリンが勝利を確信したように、にやりと笑う。


しかし、ゴブリンの顔はすぐに驚きの表情へと変わった。なぜならば、俺がいきなり剣に込める力を緩めたからだ。均衡を保っていたものがなくなり、棍棒は素直に振り下ろされていく。


俺はその棍棒を剣で受け流しながら、ゴブリンの攻撃をかわすことに成功する。棍棒が地面に着いた瞬間、俺は剣を勢いよく切り上げた。


「っらあ!」


斬撃は見事にゴブリンを切り裂いた。直後、ゴブリンが四散。戦いは俺の勝利に終わった。


「ふぅ」


緊張感のある戦いで溜めていた息を吐き出すと、俺は剣を腰の鞘に収めてゴブリンの残した金属や魔晶などの戦利品を拾い集めた。棍棒も拾い上げ、左肩に担ぐ。


すると、すぐに世界が光り出した。誰かが(あるじ)の望みを叶え、もうすぐ幻思世界が崩壊するのであろう。


ーー今回も情報なしか……


俺は世界の崩壊を少し残念に思いながら、光に包まれていった。



「え、売れないんですか、これ?」


ゴブリンの棍棒をギルドの受付の女性に押し返される。


「いや、こんなものいらないよ?いったいどれだけのゴブリンがマイ棍棒を持ってると思ってるの?」

「でも、この棍棒はたぶんゴブリンの棍棒の中でもかなりの業物で……」

「いりません」

「そんな……」


ぴしゃりと断られてしまっては、もう何も言うことができない。渋々棍棒を下げる。


「でも、こっちのゴブリン鋼と魔晶は買い取らせてもらうから、ちょっと待っててね」


そう言うと、彼女は金属片といくつかの魔晶の査定を始めた。


彼女の名はカレン・カラムス。ギルドの受付嬢を務めていて、幻思世界で得た戦利品はいつも彼女に査定してもらっている。歳が近く接しやすいため、俺は彼女に親近感を抱いている。


「あっそういえば」


何かを思い出したように、彼女は若緑色の髪を揺らして受付の引き出しを開けた。


「アイル君に良さそうな依頼を見つけたから見てみて」


そう言って彼女は依頼書を俺に渡した。ギルドには様々な依頼が舞い込んで来る。


(依頼ーーウサギが脱走したので見かけたら捕まえてください。千レインお支払い致します。)


ウサギ……


「あの……」

「よし、査定終わり!」


言いかけたところで、ちょうど査定が終わったようだった。


「全部で千二百レインだよ」


最近ではまあまあの成果だ。ありがたく報酬を受け取る。


「ありがとうございます」

「あと、さっきの依頼のことだけどね」


どうやらちゃんと説明してくれるようだ。


「衛兵さんの話によると、ウサギは街の外には出てなさそうだから。頑張ってね」


そう言いながら、彼女は眩しいほどの笑顔を向けてきた。


「……はい」


俺はそう答えるしかなかった。



ギルドを出ると、ゴブリンの棍棒を処分するために建物の裏路地にある廃品置場に足を向けた。左手の棍棒を街の人にジロジロ見られ、いたたまれない気持ちで裏路地への角を曲がると、廃品回収用の荷台が視界に入る。


と同時に、ちびっこ達が棍棒でチャンバラをしているのが見えた。


「えっ!?」


なんと、大小様々な棍棒がいくつも捨てられているではないか。どうやら俺と同じようなことを考えた輩が何人もいたようだ。中にはボコボコにされた棍棒もある。


「恨みがこもってるなあ……」


何しろ棍棒は重い。意気揚々と戦利品として持ち帰った棍棒が売れない代物となれば、棍棒をボコボコにして捨てる者がいてもおかしくはない。


だがマイ棍棒を奪われた挙句、フルボッコにして棍棒を捨てられたとなれば、ゴブリンもさすがにかわいそうである。


「にいちゃんもこれもってるんだね」

「え?」


不意にちびっこが声を掛けてきた。


「すてるのー?」


そう、俺は棍棒を捨てるためにここに来たのだ。左手の棍棒に目を落とす。


「これは……」


さすがにこの惨状を見た後では、捨てる気分にもなれない。


「すてるならちょうだいー」


もう一人のちびっこがせがんでくる。


「いやいや、捨てないよ?これは業物だから」

「わざものってなにー?」

「すごいものってことだな」

「これとなにがちがうの?」


そう言ってちびっこは手に持った棍棒を俺に見せてきた。


ーーうん、ごめん、にいちゃん嘘ついた。


もうそれはびっくりするくらい同じ棍棒だ。棍棒が二つあるだけだ。


「いや、ほら、これはちょっと重いから……」


苦し紛れに発した言葉は、しかしちびっこに納得してもらうに足る理由だったようだ。


「ほんとだ、にいちゃんのはおもいからいらないや」


俺は胸を撫で下ろした。棍棒はもう捨てられないのだから、家に持って帰ろう。


とりあえず、何かに入れないと……


「あんまり危ないことはするなよ」


年長者としての義務を果たし、俺はちびっこ達とお別れを言ってその場を後にした。



武器屋で棍棒に合うサイズの袋を買って棍棒を背負うと、ずっしりとした重みを体に感じた。これで左手は自由になった。


ーーとりあえず、一旦家に帰ろう。ウサギ探しはその後……


と思った次の瞬間、少し先にある右側の路地から出てきた白くてふわふわした生物を俺の眼が捉えた。

数秒、ウサギと目が合ったまま硬直する。


「待って!」


その声を聞いて、ウサギは逃げ出してしまった。


ウサギが出てきた路地から、今度は人影が現れた。

胡桃(くるみ)色の長い髪をなびかせながら現れた少女に、俺は思わず目を奪われてしまった。必死に追いかけて来たのであろう、汗をかいているようだ。汗を払ってきらきらと輝く少女は、どこか神々しさを感じさせるほどに美しかった。


俺には気付かず、少女は俺の目の前を駆けて行った。


少しの間呆気にとられてぼーっとした後、俺はウサギがいたことを思い出した。


「待ってくれ!」


そう叫びながら、慌てて後を追う。

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