第86話
「もう、最後に話しておきたい人はいない?」
グリーゼルが問う。
本当はまだいると言ってしまいたい。全員と最後に話をして、忘れないようにその姿を目に焼き付けておきたい。
でもそれをしてしまえば、さっきのように泣いてしまうから。ゼプテンバールは首を縦に振った。
「うん。ありがとう。初対面なのに我儘きいてくれて」
「いいのいいの! 反抗期、なんでしょ?」
ニッ、と笑みを浮かべるグリーゼル。やはり全て聞いていたんじゃないか、と頬を膨らませた。
「ごめんって拗ねないでよ〜」
「拗ねてないもん」
「うっそだ〜!」
「本当だもん!」
「じゃっ、そういう事にしておいておくかぁ。魔王様には……君の企みは黙っておいてあげるからね。だから安心して、仲間との約束を果たして」
これからグリーゼルはディツェンバーに了承を得た事を話すのだろう。ゼプテンバールが反抗的な姿勢で人間と向かう事を黙っていてくれるのは有難い。
「……ありがとう」
「どいたま! そんじゃっ」
ビシッ、と敬礼して、グリーゼルは姿を消してしまった。
残されたゼプテンバールは一人、辺りを見渡した。どこを見ても鮮やかな赤色をしていて、居心地のよい感覚がする。
(他の皆にも……何か言っておきたかったな……)
突然過ぎて、感傷に浸る間もなかった。仲間の死を目の当たりにして……本当ならば飛び付いて『また会えて良かった』と喜びを顕にしたかったが、戸惑いの方が勝っていてそんな暇はなかった。
──最後まで魔王様を守ったよ、って。
沢山、しておきたかった話もある。しかしゼプテンバールは不要だと判断した。
「ずっと傍にいられるんだから……きっと言葉なんていらないんだ」
これからゼプテンバール達の魔石は、人間界に蔓延る魔物達を殲滅する組織に所属する人間に埋め込まれる。
どんな人間の魔力となるのか、どんな風に影響を及ぼして、どんな風に進んでいくのか。
魔物であるゼプテンバールが、同胞を殺す手助けをするというのは心苦しいが……死んだゼプテンバールにはもう関係ない事なのかもしれない。
そう割り切る事にして、ゼプテンバールは空を見上げた。やはり天井も鮮やかな赤色をしている。
「……人間、かぁ……。どんな奴かなぁ」
ゼプテンバールの魔石を埋め込まれる人間には、沢山迷惑を掛けてしまうだろう。それでも微かに、期待が膨らんでいったのだった。
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パチッ、と目を開けてグリーゼルは笑みを浮かべた。
「承諾してくれるみたい!」
その言葉にディツェンバーがほっと息を吐いたのが分かった。海も自然と緊張感が緩む。
「なら、これで次からは滞りなく出来るという事だな」
隣に並び立つ宇宙に問い掛ける。
「えぇ。今空君達にも連絡したけど、もう人員の確保は出来てる。研究所に戻ってすぐにでも」
そういう彼女の声色は嬉々としている。誰よりも安心しているのは彼女なのだろう。
ディツェンバーの部下達から承諾を得たという事は、以前のように失敗する事なく手術が出来るという事なのだから。
「グリーゼル、ありがとう」
「いえいえ!」
しかしグリーゼルが数十分の間目を閉じていただけの光景を見た海としては、どのように彼等を説得したのか気になる所があった。
問い掛けようとするもすでに宇宙が店を後にしていたので、慌てて後を追いかける。
「…………頑張れよ、皆」
小さく呟かれたグリーゼルの言葉が、海達の耳に届く事はなかった。