第82話
どの位そうしていただろうか。
重々しい雰囲気の中、口を開いたのはヤヌアールだ。いつも先陣を切って行動してくれる彼女は、この場でも仕切り役に回ってくれるらしい。
「皆、どうするつもりなんだ」
それは問いかけというにはあまりにも弱々しく、ただ呟かれただけのようだった。
しかし、フェブルアールは気付かないふりをしてそれとなく答える。どんな時でもペースを崩さないのが、彼女の長所だ。
「おばさんはなんでもいいの。長い事生きてると、大体はどんな境遇でも生きていけるから」
「左に同じく。だが、俺様は……魔王サマの指示には従いてぇなぁ」
いつも通り、高圧的な態度のメルツ。しかしそこには忠義もあるし、仲間への気遣いのような雰囲気もある。
それに続いてアプリルが言った。
「ボクは嫌です。いくら魔王様のお言葉でも……こればかりは従いたくありません」
膝を抱えるようにして身体を丸める。受け入れてしまっては自分が自分でなくなる……、そんな目をしていた。
そしてマイが掛けていた眼鏡をクイッと上げた。
「筋は通ってます。矛盾点も特にないので僕は良いかと思います」
魔力を持たない人間に魔石を埋め込み、人工的に魔人を生み出す。ちゃんと確立されている方法なのであれば、確かに心配する要素はないのでは。
合理的には問題ない、と冷静に判断してくれた。
「あはは! でもでも! それって倫理的にはアウトだよね!!」
この重苦しい雰囲気にそぐわない、ニコニコとした笑みを浮かべてユーニは声を張り上げる。
確かに、合理的問題はなくとも倫理的には問題がある。
人体実験に近いそれは、良いものではないと理解出来た。
ユーリが、その言葉に静かに頷いた。
「私も……彼に同意です。とても、悲しい事になるでしょう……」
魔力を埋め込まれた人間は、望まない運命に翻弄されるかもしれない。心優しい彼女が心配に思うのも無理はないだろう。
反対する意見が続き躊躇っていたが、意を決して話し出すアウグスト。
「俺は……賛成しますっ……! 倫理にそぐわない事でも……、例えこの場の誰が敵になろうと……俺は、あの方の忠実な臣下だから……!」
ディツェンバーに真っ直ぐな忠誠を誓うアウグストだ。主の意見を尊重したいのだろう。その声は僅かに震えているが、誰も咎めはしない。
「うぅぅぅ……僕もですぅぅ……で、でででもっ、……でも怖いですっ……」
オクトーバーが、涙目になりながら口にする。彼もまたアウグスト同様の想いを抱いているのだろう。そして人間の身も案じている。
「……そうか。……皆、迷っているんだな……」
ヤヌアールが、低い声でそう言った。がっかりした様子でもないが、気分が落ち込んでいる事は誰もが理解出来た。
それでも誰も口を開かないのは、彼等もまた自分の考えが正しいのか分からないからだ。
「…………何かを決める事って、こんなにも……怖いんだね……」
『道標』と書かれた白いTシャツを着たゼプテンバールは、順番に顔を見渡す。
──そしてまた、沈黙が訪れた。
※※※※※
ディツェンバー様の部下でいた年数は約四年。
十二の僕は十六になって。
いつも見上げていたヤヌアールやメルツとも目線が近くなって。
アプリルやアウグスト、オクトーバーから与えられた知識もそこそこ身について。
公の場に出席しても、子供じゃなくて一人の部下として見てもらえた。
とても浮かれてた。
これからも僕はまだ成長出来るんだって。
やがてはヤヌアールを見下ろす日も来るのかな、なんて。
これからも成長しながら、ずっとずっと皆一緒に、変わらず笑っていけると思ってた。
いずれはディツェンバー様が結婚して、子供が生まれて。
僕達の中から教育係になる人がいたかもしれない。
盛大に甘やかして、その子が成長していく所も見てみたかった。
ディツェンバー様だけじゃない。
他の皆や……僕でも、最愛の人と結婚とかしてさ。傍で成長を見守ってみたりもしたかった。
アウグストとメーアさんみたいに……お互い愛し合っている……あんな関係になれる人と……。
もう無理なのは分かってたけど、そこの所は少し後悔している。
でも、もう僕達は死んじゃったんだよ。
ディツェンバー様を見る事も、声を聞く事も、話し掛ける事も、笑い掛ける事すら出来ないんだ。
そしてそれは、目の前にいる皆も同じ。
これから先、僕はもう誰の姿も見れないんだ。
声も聞けないし、話し掛ける事も出来ない。
毎日のように笑っていたあの日が嘘のように、何も無くなってしまうなんて。
そんな苦しみ、耐えられる筈がない。
僕はもう、皆といる楽しさや幸せを知ってしまっているから。
それを考えるととても怖いし悲しい。
でも、そんな僕に……僕達に出来る事は、やっぱり一つしか残されていないんだ。
まだ使命が残されているんだ。
賛成意見も反対意見も……あって当然だ。
でもごめんね。
これが本当の本当に最後なんだから、最後に一つ、僕の我儘を聞いてくれるかな。聞いて欲しいな。
そして僕は、その場に立ち上がった。




