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ZEHN HELDEN ─魔界の十勇士─  作者: 京町ミヤ
第2部《人間界》
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第77話

「ん〜もうちょい右かしら」

「海君行き過ぎ! もっと緩やかに曲線描いて!」

「空君は線が薄い! もっとくっきり!」

「陸ちゃん詠唱覚えた? 途中で籠もると成功しないかもよ!」


約二十分かけて、廃墟の地下室のコンクリの床にチョークで魔法陣のようなものを描く海と空。『魔王召喚の方法』なんて怪しさ全開の本を片手に、海は宇宙の指示に従っているのだ。


内心はもう投げ出してしまいたかったが、先程高らかに宣言したのもあって引き返す事は出来ない。


何度目かの溜め息をついて、海は立ち上がる。


「宇宙、円陣は描けたぞ」


「文字列も合ってる筈だよ」


「わっ、私も多分覚えました……!」


魔法陣の周りをぐるりと一周して確認した後、全員で詠唱を覚えているか揃えて口にする。

陸が少々止まってしまいそうになったが、試してみる事になった。


幸か不幸か、渡された本にリスクのような物は記されていない。


召喚した魔物が襲ってきた時に備えて武器も用意してある。召喚出来なかったとしても何度でも試せばいい。


有事があれば本を出版した人に文句を言ってやろう、と一人思いつつ、宇宙に指定された位置についた。


魔法陣を囲むようにして四人は立ち、それぞれ右手を中心へと差し出す。


『知恵を用いて世を築いた世界から告げる』


先程頭に叩き込んだ詠唱の一文を述べると、ふと身体の奥底が熱くなった。しかし多少の違和感にすぎず、海達は気にする事なく続ける。


『力を用いて世を築いた世界の門を開き、我等は告げる』


と、先程感じた違和感が大きくなった。突如として水に溺れているような感覚を覚えたのだ。

それは海の意思に従わずに、真っ直ぐに差し出された右手へと流れていく。


それは三文目、四文目、と増える事に強くなっていく。しかしここで集中を乱してしまえば、失敗に終わってしまうかもしれない。


今こうして、感じた事のない感覚に襲われているのだ。ただ事ではない事くらい察しは着く。


やがてチョークで描かれた魔法陣が光を帯びる。それには流石に驚きを隠せなかった。

小さく息を飲みつつ、最後の詠唱を告げる。


『我等の声、聞こえたならば応えよ──』


魔法陣が一層強い光を放った。中心から竜巻のように風が巻き起こり、砂埃を巻き上げていく。

その眩しさと衝撃に耐えられずに、海は思わず目を閉じてしまう。瞼越しにも眩い光を感じるが、風も納まっている様子はない。


やがて光が納まった頃。

海は恐る恐る目を開けた。


「!!」


魔法陣の中央に、一人の男性が立っていた。輝かしい白銀の髪に、エメラルドのように美しい緑色のの瞳。そして人間ではない事を示す、尖った耳。

その男性は穏やかながらも威厳のある風格を纏っていた。


しかし服の至る所が破れ、手に握られている剣には生々しい血が付着していた。物々しい雰囲気に戸惑っていると、宇宙がパァッ、と顔を輝かせて


「……凄い……成功した……!」


と、淡い桃色の髪を揺らして、男性の周りをぐるぐると回る。


「なんて膨大な魔力! 四人がかりでもギリギリだったんじゃない?」


「そ、宇宙さん!」


空が牽制するも、宇宙は目を輝かせて耳を傾けようともしない。男性は何度か瞬きを繰り返し、やがて口を開いた。


「我が名はディツェンバー。魔界の王だ」


凛としていて、落ち着きのある声だ。

しかしそのディツェンバーと名乗る魔界の王は、表情一つ変えずに淡々と口にした。


「ま、まま……魔界の……王様……?」


その場にしゃがみ込み、驚きを露わにしていた陸支えて起こしてやりながら、海もディツェンバーを見上げた。


「とはいえ。もう前王、になるのかもしれないが……」


「? どういう事だい?」


空の質問にディツェンバーは、今だなお自身の周りを動き回る宇宙を一瞥しながら答える。


「私には一人の弟がいる。その弟に、殺されかけたのだ」


近くに置かれていた椅子に腰掛けながら答えた。


「謀反を起こされた、という事か?」


海がそういうと、困ったようにディツェンバーは頷いた。


「我が部下達も殺され、魔石だけの存在となってしまった。ある意味、今回の召喚は助かったとも言える」


礼を言う、と王の風格を保ったままディツェンバーは笑んだ。


「さて、余談はこの位にして。此度の召喚、何が目的だ?」


「私達は……普通の人間に魔物の魔力を移植して、人工的に魔人を生み出そうと思ってるの」


好奇心に満ちた言動から一転、凛とした声色で宇宙はディツェンバーに告げる。ここからの説明は彼女の方が詳しいだろう。

海は黙って、事の経緯を見守る。


宇宙の切り出した話題にディツェンバーは眉一つ動かさずに、ふむ、と頷いた。


「目的は?」


「近年、魔物による事件が増加した。人間界に現れてる魔物と対処する魔人の数を比べてもは圧倒的に少ないわ。このままじゃ、人間界と魔界、どっちにも不利益が生じる」


「…………」


「現在は本格的に魔人を育成するプログラムも組まれてる。その魔人を先導する存在として、人工的に生み出した魔人を立たせたいの」


「……何故わざわざそんな面倒な事を?」


「魔人は生まれ持って魔力を有している。けれど、それだけじゃ足りないわ。魔人は言い方を変えれば魔法使いなの。前衛に立てる人は少ない……」


「把握した。して、人工的に生み出す手筈は?」


「とある孤児院の子供達……計十名を予定しているわ」


先日、職員による虐待が判明した孤児院の子供達を、宇宙が引き取ったとの事。

そこまでは海達にも知らされてなかったので、ここでディツェンバーと共に知る事になったのだが。


「リスクは?」


「今の所ないに等しいわ。その後のケアも組み込まれてる」


「…………」


長い沈黙の末、ディツェンバーは口の端を上げた。


「良いだろう。こちらとて、魔界と人間界が悪く影響し合うのは避けたい」


ディツェンバーの返答を聞いた宇宙は嬉しそうに顔を綻ばせた。空と陸も安心したように息をつく。

海はというと、怪訝そうな眼差しをディツェンバーに向けているばかりだった。


そんな彼の視線に気付かずか、ディツェンバーは、


「では改めて自己紹介しよう。僕は第74代目魔王ディツェンバー。君達の野望の為、全力でお手伝いしよう。助けられた恩返しさ」


魔王らしい威厳を消し去って、のほほん、と効果音がつきそうな笑顔でそう言ったのだった。



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