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ZEHN HELDEN ─魔界の十勇士─  作者: 京町ミヤ
第2部《人間界》
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第76話

(今この女は……なんと言った……?)


魔力を持たない一般人に埋め込む為の魔石。


宇宙は確かにそう言った。依然として態度で、悪びれる様子もなく。

海の想像ではその言葉そのままの通りなのだが、本当は違うのだろうか。そんな期待は早くも打ち砕かれる。


「ど、どういう意味ですか……?」


「そのままの意味よ。魔力を持つ人間……魔人を人工的に増やすの」


「そ、それって……」


「そう、これも禁忌。人体実験よ」


がっ、と空が宇宙に掴みかかった。彼女が羽織っている厚手のカーディガンに皺がよる。そしてそれを掴む空の手は、震えていた。


「宇宙ちゃん……それだけは駄目だ……」


「空君。私は悪い事をする自覚があるから大丈夫よ」


「そういう問題じゃないよ! 悪い事とか、そんなレベルじゃない! 君の精神状態は勿論、その子達にも危険が及ぶんだよ!?」


「ちゃんとケアも組み込まれてるわ。99%の確率で被害なくやってみせるわ」


「残りの1%が大きいんだよ!! 無謀だって言ってるのにどうして分かってくれないんだ!!」


先日会話を交わした限り、空は声を荒らげて物事を口にするタイプではない。それでも彼が女性に掴みかかって感情のままに言葉を紡いでいるのを見て、海は静かに悟った。


(あぁ……此奴も……俺と同じか)


海が陸を守りたいと思っているように、空もまた宇宙の事を守りたいのだろう。


はたして宇宙は、その思いに気付いているのだろうか。答えは恐らく否だ。

彼女の瞳に、空は映っていないからだ。勿論、海も陸も。


彼女の目に映っているのは目的を成し遂げる為の道行だけ。不要な物は切り捨てる。例えそれが悪とされる行為であっても、宇宙はやるつもりなのだろう。


「じゃあ聞くけど、貴方は百人の人間と一人の知り合い。どっちをとるの!? 私は前者よ。多くの人を救う為には、少なからず犠牲が必要だから!」


「そういう思想であっても責める気はないよ。でも……僕は、宇宙ちゃんが進んで手を汚すのを見たくないんだ……」


「じゃあ誰がやるの」


宇宙の叱咤に近いその質問に、空は黙り込んでしまった。突如として始まった口論に呆気に取られている陸もそうだが、海も静かに事を見守っていた。


沈黙を破って、宇宙は言う。


「計画に変更はないわ。すぐにでも始めましょう」


「…………」


「…………」


「…………俺は」


再び訪れた沈黙の中、今度は海が口を開いた。低い声の主に視線が注目する。


「俺は、お前達のように付き合いが長い訳ではないから、率直に思った事だけを言わせてもらう」


そう、一度区切ってから、


「この場にいる俺は、魔物殲滅隊の組織の一員としての俺だ。それも、トップになれと言ったのはお前だ、師走」


「…………そうね。それで? トップの言う事を聞けって?」


「いいや。あくまで発案者はお前だからな。だが、トップに立つ者は同時に闇となる部分も背負わなければならないと思うのだが」


「海ちゃん……?」


「非人道的な行いでも、完璧に等しい対処・対策があって……尚且つ悪事が露見した際の言葉も用意しておかなければならない。それが……表向きの姿勢であるべきだ」


例えそれが、倫理に反していたとしても。海は決めていたのだ。


「だが、それは表の事。倫理に背いて、行う悪事は……ある種正義だ。それが、己の心情であるならな」


矛盾した思いを受け止めて、進むべきだと。


魔物とはいえ同じ生命を持った種族。殺人は許されない罪で、殲滅隊の在り方には反対していた海。しかし大切な人が傷付けられてしまえば、その信念は大きく道を外れる。


今回の事もそうだ。


魔力を持たない一般人に魔石を埋め込み、人口的に魔人を作り出す人体実験は禁忌で悪だ。

しかし少しでも被害を抑える為、可能な事であるならばやればいいと。


そう口にしているのだ。


なんて自己中心的なんだろう。彼の述べている事はただの屁理屈だ。

そう頭で理解していた筈の宇宙が、可笑しそうに吹き出した。


「ふふっ、あははははっ!」


「そ、宇宙ちゃん……」


「いいわいいわ。そういうの大好き」


「…………空」


未だ笑みを浮かべている宇宙から視線を外して、海は空へと向き直る。


「何だい?」


「昨日お前に言われた通りだ。矛盾した考えと行動……周りにとっては迷惑かもしれない。正解か間違いかも、分からない。だが……。……俺がどんな答えを出そうとも、今のように一度は引き留めてくれないか」


「…………えっ?」


「客観的に判断して、お前の意見を教えて欲しい。そうすれば、もしかするとより良い案が浮かぶかもしれないからな」


「………………はぁ……僕の負けだよ……」


がしがし、と頭をかいて空は眉尻を下げた。


「でも忘れないでよ。これから行う事は……人間界と魔界、どちらにとっても禁忌とされる事だって


「……きっと大丈夫よ」


と、ここまで気配を消し去って大人しくしていた陸が、足を弾ませながら前に出てきた。


「四人もいるんだから。仲間であり同士であり共犯者。そんな括りでいいんじゃない?」


同じ魔力を持つ者達。


同じ志を持つ者達。


そして……禁忌を犯す者達。


「陸ちゃんの言う通り、か。裏切りはなしだぜ」


パチン、とウインクして見せた宇宙に、海と空は頷きを返した。


さて、と仕切り直すと、宇宙は陸の肩を抱き寄せて歩き始める。


「そんじゃ! やるわよぉ!!」


悪魔召喚、もとい魔物召喚の儀式まで──あと三十分。

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