第74話
「私はね……海ちゃんの……そして、出来るのであればあの人達の力になりたいの」
彼女の瞳に迷いはない。どうやら本気らしい。
彼女は進んで慈善活動をするタイプではないので、尚更その決意は固いものだと伺える。
「…………自ら危険に飛び込めと言われているんだぞ」
「それでも。出来る事があるならやらなくちゃ。それが……私個人の思いよ。海ちゃんは?」
続いて陸が問う。
「俺はもとより進路等も決めてないからな。政府公認の組織になるなら好都合だ」
「! じゃあ……」
「まぁ、俺の方が立場は上らしいがな」
ニヤリ、と口の端を釣り上げて海は陸を見た。それを見た陸はもう、と海を腕を小突く。
そして、自然と笑みを漏らしていた。
※※※※※
そんな会話から数時間後、食事も済ませ入浴も済ませた海は、携帯電話で自身の家に電話をかけていた。
数回のコール音の後、自身の妹の声が耳に届いた。
『もしもし、夜鳥です』
「泉か? 俺だ」
夜鳥泉。海の三つ下の妹だ。
電話の相手が海だと分かるなり、泉は大声をあげて怒りを顕にした。
『お兄ちゃん! 連絡もしないで何処ほっつき歩いんの!?』
「陸の家だ」
『連絡してよ!! お昼に学校から無断欠席してるって電話来て、お母さんめっちゃ怒ってるんだから!』
「すまん。忘れてた」
忘れていたのは本当である。先程風呂に入っている時にふと思い出し、髪も乾かさずにこうして電話をかけているのだから。
電話越しで説教を述べる妹を窘め、海は静かに続けた。
「泉。明日父さん達にも改めて話すつもりなんだが……」
『な、何よ……改まって……』
「俺は、とんだ親不孝者なのかもしれない」
魔物と戦う、常に死と隣り合わせになる組織に手を貸そうとしている。親から与えられた命を粗末にしてしまうかもしれない。
そんな意味を込めて言ったのだが、泉は電話越しに『はぁ?』と怪訝そうな声をあげるだけだった。
『何? 今から死ぬの?』
「いや、死なん」
『じゃあいいんじゃないの? お兄ちゃんの人生はお兄ちゃんだけのものなんだし……。でも、死んだら悲しむよ。お父さんもお母さんも私も、……陸さんも』
泉はまだ海がやろうとしている事に気が付いていない。それでも彼女は確かにそう述べた。
海は一笑して
「安心しろ。簡単には死なんさ」
と言った。何それ、と携帯電話から聞こえるが一方的に電話を切って、海は無造作に携帯を放った。
「泉ちゃん?」
「あぁ。母さんが怒ってる、とさ」
「ちゃんと連絡しないから〜」
呆れながらジュースを手渡す陸。海の隣に腰を下ろし、陸もグラスに淹れたジュースを口に運んだ。
「……なぁ陸」
「なぁに〜?」
「お前、やっぱり俺の家に住まないか」
「………………。さっきは男に軽々しくなんちゃら〜、とか言ってたじゃない」
「違う。お前が来れば泉も喜ぶ。それに……父さん達も……」
「……遠慮しておくわ」
ジュースを一気に飲み干して、陸はグラスをテーブルに置いた。
「ここは、私の家だもの。ここに住む私はパパとママがいた証だから。一緒にいたいなら海ちゃんがこっちに越してきてよ」
冗談めかして言う陸の額を指で弾き、海は一笑を漏らした。
「そうか。余計な事を聞いたな」
「いーの。気にしないで。……本当は寂しいけど……いつまでも俯いてちゃ駄目よね……」
「だが忘れる必要はない」
「そうね。……ねぇ海ちゃん。明日の放課後、宇宙さん達の所に行こう? 酷い帰り方しちゃったし」
「……そうだな。…………俺はそろそろ寝る」
手渡されたジュースを飲み干してから、海は立ち上がった。
流石に一緒の部屋で寝るのは抵抗があるので、空いている隣の部屋に布団を敷いていたのだ。
「えぇ〜まだ十一時よ?」
「眠いから寝るだけだ。夜更かしは美容の敵だろう、お前も寝ろ」
「はぁ〜い」
渋々といった様子だったが、陸もグラスを片付けて就寝準備を始めた。
「おやすみ」とだけ言い残して、海は一人布団に潜り込んだ。
(陸も……強くなっているんだな……)
決して芯の弱い少女ではなかったが、海の想像を超える強い意思を持っていた。
確かに陸は、海が守るべき対象だろう。しかしそれだけに囚われていれば、かえって彼女を傷付けてしまうかもしれない。
反省しながら、海は目を閉じた。