第7話
時が経つの早いもので、あっという間に茶会の日は訪れた。ゼプテンバールは招待状を片手に、その光景に目を見開いていた。
赤い薔薇が沢山咲き乱れる庭園の中心に、真っ白のテーブルと椅子が人数分並べられている。
白と赤のシルクのテーブルクロスがその品の良さを醸し出している。
テーブルの中央に置かれている塔のようなケーキは色鮮やかで、全部で五段あるのだがそれぞれクリームの色も違えばトッピングされているフルーツや菓子も違う。
フェブルアールやオクトーバー位の高さもあるケーキを見上げながら、ゼプテンバールはその場に足を踏み入れた。
「やぁゼプテンバール。君が一番だよ」
穏やかな声色と共にディツェンバーが歩み寄ってくる。十勇士内の小さな茶会とはいえ、魔王主催なのには違いないので、参加者全員がそれ相応の正装を纏っている。
よって、ゼプテンバールも普段通りの白い生地に黒文字のTシャツではなく、白を基調としたスーツに身を包んでいた。
ゼプテンバールの魔力の色である赤のラインが、少しの輝きを放っている。
更にいえば普段適当に放ったらかしにしている髪も、赤いリボンで一つに結ばれていた。
食事をするのだから最低限のマナーを守らなければという意識の表れだ。
「正装も似合ってるね。堅苦しくて僕は苦手だけど」
「流石に白いTシャツでは来れないよ」
持ってきた土産品をテーブルに置いて、苦笑いをディツェンバーに返していると、飾られた庭園に二人、やって来た。
「ディツェンバー様、お茶会なるイベントに御招待して頂き、誠に感謝しております」
「右に同じく、ヤヌアール馳せ参じました。ゼプテンバール少年も、感謝しよう」
深々と礼をしたマイとそれに倣って一礼して笑みを浮かべたヤヌアール。
時間に厳しそうな二人だ。入口の所で合流したのだろう。
「二人共、よく似合っているよ。今日は親睦会でもあるんだ。堅苦しい挨拶は不要だよ」
「恐縮です」
二人も土産品をちゃんと持参したらしく、白い箱やら木箱やらをテーブルに置いていた。その後も順調にメンバーが集まり、開催時刻が残り三分となった。
原則十分前行動が暗黙のルールだが、その十分を切っても姿を表さない魔物がいた。
アウグストである。
あのメルツやアプリルですら十分前には姿を現していたというのに、彼の姿は一向に現れなかった。
ヤヌアールが
「どうせドタキャンだろう。聞く所によれば、此度の茶会の参加を渋っていたそうじゃないか」
と言って舌打ちをしていたが、誰も否定しなかったのがまずいとゼプテンバールは焦っていた。
無理して仲良くする必要は無い。だが来ない事に疑問を持って欲しかった。……まぁ、無駄だとは一瞬思った自分もいたのは事実なので、声を張り上げて言う事はしなかったが。
「……開始時刻になりましたが……魔王様、どうなさるおつもりですか?」
時計を見て溜め息をついたマイに、ディツェンバーは微笑みを返すだけだった。始めようとも、もう少し待とうとも、何も言わなかったのだ。
「……あ、あのさ……!」
不満が募りそうになる雰囲気の中、ゼプテンバールは思い切って口火を切った。
「僕、ちょっとそこら辺探してくるよ! 一応僕が提案した事だしさ……」
「ゼプテンバール君……」
「…………三十分以内には帰っておいで」
ディツェンバーは優しくそう言った。
三十分。それ以降遅れたとなれば、恐らくだが今回の茶会は中止だ。そうなれば次のチャンスは無いかもしれない。
一度強く頷いて、ゼプテンバールは駆け出した。
アウグストが行く場所なんて、心当たりもない。だがゼプテンバールは城の中の思い付く限りの場所へ足を運んだ。
とはいえ茶会をする今日という日にわざわざ外周届けを出している事はないだろう。ましてやディツェンバーに心酔しているアウグストの事だ。ドタキャンなんてまず有り得ない。
ので、探す場所を城内に絞る。
廊下を小走りで移動していると、曲がり角の所で誰かとぶつかった。
「わっ!?」
「いてっ!?」
突然の衝撃に受け身どころか踏ん張る事も出来ず、ゼプテンバールはその場に尻餅をついてしまった。それはぶつかった相手もそうだったらしい。
「すみません……ぼんやりしてて気付きませんでした……」
「こちらこそごめん……って、アルター……!?」
「え、あ、ゼプテンバールさん……!」
ぶつかった相手は先日名を知った青年、アルターだった。エメラルドのような緑色の瞳でゼプテンバールを捉え、驚いているのか目を瞬かせていた。
「怪我はない? ごめんね、ちょっと急いでて……」
アルターの手を掴んで立ち上がらせ、改めて謝罪を口にする。
「大丈夫ですよ。どうかしたのですか……?」
「……実は……庭園でお茶会する予定だったんだけど……。一人、来なくって……」
少し渋ったが、掻い摘んで訳を話す。アルターは何度か目を瞬かせた後、軽く溜め息をついた。
「その方の特徴は」
「えっと、アウグストって名前。青い髪を三つ編みにした男だよ」
アルターはそれを聞くなり、廊下の奥を指さした。何か心当たりがあるらしい。
「その方かどうかは定かではありませんが……書庫で見かけましたよ」
「ホント!? 行ってみるよ、ありがとう!!」
アルターの手を取って感謝を述べ、急いで駆け出す。と、思い出したかのように立ち止まって振り返った。
「後で君にもお土産持って行くよ! チョコレートは好き?」
「…………大好きです」
「オッケー! めっちゃ美味しいから楽しみにしててよ!」
早口気味にそう言い残して、ゼプテンバールは書庫へと向かった。
その場に取り残されたアルターは一人、冷めた目付きで溜め息をついていた。