第72話
「それは、殺人には値しないのか?」
「いい質問だね。答えは君次第さ。ちなみに僕は殺人に値すると思っているよ」
海としては純粋に抱いた疑問を口にしただけなのだが、空は微笑んで答えてくれる。
「でも、それは僕個人の考えだ。それを置いて広い視野で見るとなれば、僕達の行動は間違いじゃない筈さ。僕等が魔物を殲滅しようと考えている理由は、人間に害を及ぼすから。君は、犯罪を犯すと分かりきっている人を隣に置いておくかい?」
「………………だからと言って、殺しはしない。魔物側にも、人間界に滞在している理由があるやもしれん」
「じゃあ言い方を変えようか」
空はそれまで浮かべていた微笑みを消し去って
「君の大切な人…………例えばそこで寝てる陸ちゃんが殺された場合、君はソイツをどうする?」
と、口にした。
その問いを耳にした瞬間、海は立ち上がって机を挟んで向かいに座っている空の胸ぐらを掴み上げた。しかし空の表情は変わらない。
「………………」
「………………」
「…………その質問を……」
暫しの沈黙の末、海は絞り出すように言った。
「その質問を、絶対に陸にはするな」
「…………もしかして、」
「答えてやろう」
空の言葉を遮って、海は低い圧のある声色で言い放つ。
「生まれてきた事を後悔させてやる。俺の身内、学友、そして陸を傷付ける奴には……俺は容赦しない」
「…………そっか」
ぱっ、と手を離して、海はソファーに座り直した。空も寄れたシャツを直して、咳払いをして空気を入れ替える。
「ごめんね。でも、それが矛盾してる想いだという事を、君は覚えておかなくちゃいけない。それを正当化してもいいと思うけれど、矛盾は矛盾だ」
「言っている事が分からんな」
「明確に目的を定めておくんだ。誰を守りたいのか。誰の為に行動するのか。誰の命を優先するか」
「…………それは……」
「君は魔物に対して殺しはしない、と言ったね。でも、君の周りの誰かが殺された場合にはその答えが覆される」
「………………」
「僕も、宇宙ちゃんもそう。人殺しは犯罪だ。許されてはいけない罪だよ。でも、倫理を無視してでも成すべき事がある」
空の言葉は矛盾だらけだ。それは本人も理解しているらしい。
それでも海は否定する事は出来なかった。それ所か納得してしまっている自分がいるのだ。
ぐっ、と拳を握り締めて、海は視線を逸らした。
「…………あぁ。そうだな」
「──っと、お話は終わったかしら?」
いつの間に部屋に入ってきたのだろうか。海と空の隣から宇宙がひょっこり姿を現した。
どうやらあちらでの話も済んだらしい。
「さて。お嬢ちゃんも目が覚めてるみたいだし、本題に入りましょうかね」
「え?」
「え?」
宇宙に言われてパッと視線を簡易ベッドに向ける二人。ぎくり、と肩を揺らして、陸が苦笑いを浮かべながら振り返った。
「お、おはよう、ございます……」
「はぁいおはよう。気分はどう?」
「何ともないです。ありがとうございます」
「ならよぉし。て事で、ジュースでも飲みながら話しましょうかね。大体の事は空君から聞いただろうし、私から話すのは具体的な展望についてだけかしら」
部屋の隅に設置されていた簡易冷蔵庫からコーラとオレンジジュースを取り出し、適当に放り投げる宇宙。空は投げられたそれ等を掴んで、机の上に丁寧に並べる。
「好きなの飲んでいいわ。お金は取らないから安心して」
そうまで言われて飲まないのも失礼かもしれない、と海はコーラを手に取る。キャップを捻ると硬い音が聞こえたので、怪しい物も入れられていないのだろう。
「まぁ簡単に説明するなら、私の父さんが政府のお偉いさんでね。規定の人数と署名さえ集めれば掛け合って公認組織にしてくれるそうなの。実際未解決事件の半数以上が魔物によるものだと調べはついてる」
そんな簡単に物事が進んでいいのだろうか。そう口を挟みたかったが、一般家庭に生まれ育った海には理解出来ない範疇の話なのだろう。
あえて無視する事にして、続きを待つ。
「そこで。魔物を倒す為の組織、魔物殲滅隊を設立しようと思ってまーす!」
「……………………」
「……………………」
「…………宇宙ちゃん……」
無邪気に宣言した宇宙を窘め、空が咳払いして補足する。
「ま、まぁ……そういう事なんだけども……。ようは君達をその魔物殲滅隊に勧誘したいんだ」
「私達を……?」
「そ! さっき人が集まってたでしょ? 今回、誰を組織のトップに立てるか、って話をしてたの。満場一致で私が推薦されたんだけど、私トップには立ちたくないの。嫌でしょ〜? こんな自由奔放な女がトップの組織なんて。半年で解散、もしくは壊滅だわ。だから私が推薦する人をトップにしようと思ってるんだけど……」
そこまで言って、宇宙は一度言葉を区切った。そしてビシッ、と真っ直ぐに海を指さして、
「そこで、君を魔物殲滅隊総隊長に任命したいのだけど。どうかしら?」
と、曇りなき眼でそう言った。
「…………いや、そもそも俺に拒否権は無いのか? 」
唖然として瞬きを繰り返していた海だが、じっとりと目を細めてそう述べた。
そもそも殲滅隊とやらに参加したいとも言っていないのに、いきなりトップになってくれと言われているのだ。
混乱や動揺よりも先に呆れそうだ。
「ナッシング!!」
「おいこの女一発殴っていいか」
「駄目だよ……女の子に手をあげちゃ」
舌打ちしたい気持ちを堪えて、海は気持ちを落ち着かせる為に息を吐き出す。宇宙のテンションについて行けない。早く帰りたいのだが。
「だって魔人はちょーーーっとしかいないんだもん! ここまで集めた私を褒めて欲しいくらいだよ? 一人たりとも! 絶対に! 逃さない!」
「そ、そんなに少ないんですか……?」
おずおずと、陸が手を挙げて聞いた。彼女の問いに答えたのは空だった。
「この国の総人口の10%にも満たないよ。学校に一人いたら奇跡なレベル」
「そ、そんなに……!?」
「だから、今回組織として認められたら、他に見つけられなかった魔人を全国から見つけられる! 彼等だってコミニュティを求めてる筈なんだから! だから君達にも協力を──」
「いい加減にしてくれ!!」
宇宙の言葉を遮って、海は声を張り上げた。
その声に驚いたのか、宇宙までもが黙り込んで海を見つめる。
静まり返った空間の中、海は立ち上がって静かに口にした。
「そちらの要望は分かった。だが俺達にも考える権利はある筈だ。生死に関わる問題じゃないか。勝手に話を進めるな」
「海ちゃん……」
「行くぞ、陸」
荷物を持ち、反対の手で陸の腕を引いて、部屋の扉を開けた所で宇宙が声を発した。
「ごめんなさい。先走りすぎたわね。待ってるから、返事。どっちでも責めないわ」
「…………」
返事はしなかった。先程来た道を通って、海と陸は外に出たのだった。