第66話
次々と、魔力が消えていく。
オクトーバー。アプリル。ユーニ。フェブルアール。ユーリ。ヤヌアール。マイと。
大切な部下達が順番に消えていくのを感じながら、ディツェンバーはアルターにある事を聞いた。
「さっき、アウグストの奥様の魔力が感じられたけど……まさかとは思うけどお前……」
「あぁ彼女ですか? くくっ……『お前の夫はディツェンバーとその部下に葬られたのだ』と言ったら、すぐに此方の交渉に応じてくれたぞ」
心底可笑しそうに、アルターは笑う。
アルターの存在は勿論、アウグストの死因については『不慮の事故』としていたのが裏目に出てしまったらしい。
最愛の夫の死が偽装されていたと知った時のメーアは、どれ程苦しかっただろうか。
ギリッ、と奥歯を噛み締めて、ディツェンバーは眉を吊り上げた。
「もうお前は救いようがないらしいな……」
「ふっ、そうやって余裕を見せていますが、本当は限界なんでしょう?」
アルターの言う通りだった。
ディツェンバーの身体中には、彼から受けてしまった剣撃の痕が無数に刻まれていた。魔力はまだあるものの、先に失血してしまっては元も子もない。
しかしそれはアルターも同じ筈だ。
ディツェンバーの攻撃も、確かにアルターに当たっているのだから。
「…………あぁ、ではこうしましょう……」
何かを企むようにして、アルターは口の端を吊り上げた。
近くにはメルツとゼプテンバールの魔力がある。
(! まさか!)
扉が開かれたと同時に、ディツェンバーは叫んでいた。
「入って来ちゃ駄目だ!!」
ディツェンバーの私室にやって来た二人に危害が及んでしまう、と。アルターから注意を逸らしてしまったのが間違いだった。
アルターの攻撃はゼプテンバールでもメルツでもなく、真っ直ぐディツェンバーに向かっていたのだ。
「魔王サマ!!」
アルターの振り被った剣を小刀で防ぎ、メルツはディツェンバーを庇うようにして立つ。ゼプテンバールもそれに続くようにして刀を構えた。
「アルター! どうしてこんな事を……」
「……ふっ、可笑しな事を言うな、ディツェンバーの犬め」
「っ、あの時お前を追い掛けなかった僕にも非はあると思っている……もう一度、話し合う気はないの!?」
そう言うゼプテンバールの手は震えていた。
アルターの事を追おうとしたゼプテンバールを引き止めたのはディツェンバーだったが、彼はずっとそう思っていたらしい。
だがそんなゼプテンバールの言葉も、アルターにとってはくだらない戯言にすぎない。
「くっ、はははははっ! 今更何を言い出すかと思えば……貴様は相変わらずだなぁ。俺と同じだと思っていたが、俺と貴様では何もかもが違う」
「そんなの当たり前だよ! 似たような境遇だとしても、僕とお前の下した決断は大きく違う! 僕はもう迷わない。ディツェンバー様に牙を剥くと言うなら、僕は君を切り捨てる! 例え友達であっても!」
刀を真っ直ぐにアルターに向けたゼプテンバールの宣言に、ディツェンバーは目を見開いた。そしてアルターも。
「…………そうか……。ならば……もう貴様に用はない。死ね」
冷たく、アルターも言い放つ。
どこかで、ゼプテンバールだけは味方になってくれると。自身を庇ってくれるのではないかと、思っていたのだろうか。
氷のような声色に反して、アルターの眼差しは少し寂しげであった。
しかし互いに口にしてしまったからには、もう後戻りは出来ない。どちらかが朽ちるまで、戦いは終わらない。
アルターの放った魔弾が、合図だった。
それを躱し、ゼプテンバールは駆けて行く。メルツもまたゼプテンバールの動きに合わせて、ナイフをアルター目掛けて投げ付ける。
それは全て、アルターの剣によって弾かれてしまったが、代わりにゼプテンバールが彼の懐に入り込む事に成功した。
振るった刀もまた躱されるが、逃すまいと攻撃を続けるゼプテンバール。
隙を見計らってディツェンバーが魔弾を放つ。
(三対一なら勝機はある……早急に片をつける……!)
だがディツェンバーは決定的な点を見落としていた。アルターの狙いは初めからディツェンバーで、ゼプテンバール達はついでてしかないという事を。
アルターに接近しているゼプテンバールとメルツの視界の端にしか、ディツェンバーの姿は映らない。だからこそ、アルター以外の全員の反応が遅れた。
アルターは笑みを貼り付けた。
「くたばるがいい!! ディツェンバー!!」
突如ディツェンバーの背後に現れた男の存在に気付けなかったディツェンバー、ゼプテンバール、メルツの目に焦りが浮かんだ。