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ZEHN HELDEN ─魔界の十勇士─  作者: 京町ミヤ
第2部《魔界》
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第65話

「…………」

「…………」


爆発音が轟く。

ベヴェルクトは今頃、手榴弾の餌食となっているのだろう。マイが時間を稼いでくれている間に部屋全体に結界を張り、隠し通路から天井へと忍び込んで罠を張り巡らせた。


ベヴェルクトは強い。

真正面から戦っても、勝てる見込みはないに等しかった。


そこでマイが思い付いたのは、ベヴェルクトを動揺させるという単純な作戦だった。

ベヴェルクトはメルツに深い愛情を抱き、半ば暴走している。それを逆手にとる作戦は何とか項を生した。


が。


「うっ…………」


「どうしました?」


「お前の舌の感覚が抜けねぇ……気持ち悪い……。新しいトラウマが出来た…………うぇぇ……」


「暗躍してた時に得た技術が役に立ちましたね」


「ふざけんな」


「まぁ冗談はさて置いて。近くにゼプテンバール君達の魔力が感じられるのでそこに行きましょ──」


──と、マイの胸から夥しい量の血が吹き出た。びちゃり、とメルツの頬に返り血が付着する。


「がっ、はぁっ!?」


「ま、マイ!?」


「──あぁ……あぁ……これで……邪魔する奴はいないよ……メルツ……」


「ベ、ヴェルクト…………!?」


マイの胸を貫いたのは、部屋の中で爆発に巻き込まれている筈のベヴェルクトだった。

普段羽織っていた紫のコートを脱ぎ捨て、女性らしい体躯が顕になっている。ベヴェルクトもまた半月なので、女性という訳ではないが。


右半身には火傷を負い、血に塗れていた。それでもベヴェルクトは爆発の中から飛び出し、再びメルツ等の前に姿を現したのだ。

その表情には、一点の苦痛も見受けられない。


「メル、ツさん……逃げてっ……下さぃ……」


「おや、しぶとい男だな。僕は君のようなタイプが嫌いなのだよ」


マイの左腕を掴み、後ろで捻り上げる。バキンッ、という音がメルツとマイの耳に届く。


「あああぁぁぁぁあ!!?」


掠れたような、それでいて腹の奥底から絞り出されたような悲鳴がマイの口から漏れた。


「マイ!!」


「なぁメルツ……君から僕の元へ来るんだ……。こんな汚い手は使いたくなかったのだが、君はこの男の事を好いているようなのでね。なら……非人道的なやり方でも、僕は君を手に入れてみせるさ。な、来てくれるだろう?」


「貴、様……っ……!」


わなわなと肩を震わせるメルツに、ベヴェルクトは笑みを返すだけだ。


「いくらでも待つよ。それも、この男の身体が持つまでだがね。それが過ぎれば……無理矢理君を連れて行くよ」


変な方向へと反り曲がったマイの左腕を引っ張り上げて、ベヴェルクトは笑みを貼り付ける。

その際にもマイは苦しげに、痛みを顔に映していて。


「逃げ……て……。僕、はもう……使い……ものに……」


それなのに口では、メルツの身を案じている。


「…………っ……すまねぇ……。いくらでも恨んでくれ……!!」


メルツはベヴェルクトの元へと駆け出した。


「あははっ早い決断で嬉しいよ……やっぱりメルツはっ、がぁっ!?」


「ぅ、ぐっ」


どこからともなく取り出した剣を、マイの(・・・)身体・・ごと(・・)ベヴェルクトの胸に突き立てた。直前までマイの陰に隠れていたそれを視認出来ず、ベヴェルクトは対処する間もなく攻撃を受けてしまう。


そして、ベヴェルクトに拘束されていたマイも同様だった。

力なく倒れたベヴェルクトに解放され、その場に倒れ掛かったマイの身体を支えてやる。


「……すまねぇ……」


「…………ははっ……。正し、い……判断、ですよ……」


「……正しい判断だったなら……、何で俺様はこんなに、苦しいんだよ…………」


マイも言っていた。もう自分は使い物にならない、と。


ベヴェルクトを仕留めるには正しい判断だと、自分でもそう思ったからこその行動だった。


それなのに、メルツの胸は締め付けられる一方で。気が付けば目から涙が零れ落ちていて。


「……ごめん……」


「…………いいん、ですよ……」


励ますかのように、メルツの肩に右手が置かれた。瞬間、マイに押し倒され、メルツは床に強く背中を打ち付けてしまう。


「おい、何をっ!?」


──ビシャッ。


覆い被さられていて詳しくは見えないが、一瞬だけ見えてしまった。

血反吐を吐きながらも、剣を振り下ろすベヴェルクトの姿が。


(しつこい……!!)


「もう……いいよ……のものにならないなら……ここで死んで!! 初めからこうすれば良かった! メルツの意見を尊重しようとした私が馬鹿だった!! 貴方を殺して私も死ねばそれでいいのよぉ!! あぁぁ……ああぁぁぁあっ!!!」


半狂乱になってメルツ目掛けて剣を振り下ろし続ける。しかしその刃先はメルツに届く前に、マイによって妨げられている。


「よせよ! もういいからっ……頼むから退いてくれよマイ!!」


「退か、っない……。あと……あと……、少し、で……がはっ……!」


マイが血を吐く。

メルツを庇うその姿が痛々しくて、すぐにでも意識を手放してしまいたい筈なのに。この場から逃れたい筈なのに。マイは動こうとはしなかった。


「ああああぁぁああぁぁぁぁっ!! 邪魔だよっ!! どこまで、邪魔すれば気が済むんだっ!!! さっさと死ねよ!!」


またベヴェルクトが剣を振り下ろす。

マイを退かせようと手を伸ばしたが、ベヴェルクトの攻撃は訪れなかった。


ゴトッ、と重い何かが落ちる音がして。その人は現れた。


「メルツ! マイ! ごめん! 遅くなった!」


「ゼプテンバール……」


どうやらゼプテンバールがベヴェルクトの首を跳ねたらしい。彼が握っている刀には、べっとりと血が付着している。


ゼプテンバールの声が聞こえて安心したのか、マイはそのままメルツにもたれ掛かるようにして倒れた。

その目にもう生気は無く、意識を保っているかも怪しかった。


「マイ……、マイ!!」


「…………よろしく、お願い……します、ね……」


絞り出された掠れた声で最後にそう言い残して、マイは緑色の靄に包まれて魔石へと姿を変えてしまった。


マイはゼプテンバールがやって来る事を分かっていた。

彼がこの場に助けに来てくれるまで、メルツを守り抜いてくれたのだ。


マイは何を、とは言わなかったが、彼が伝えたかった事はゼプテンバールにもメルツにも伝わっている。


メルツの腕を引っ張り、上体を起こしてやる。


「メルツ。皆……死んじゃった……。もう残ってるのは……僕とメルツだけなんだ……」


「…………そうか……」


ごしごし、と袖で涙を拭ったメルツは、ゼプテンバールを見つめて、


「なら、魔王サマんとこ行くぞ」


と、力強く言った。


「……うん……」


マイの魔石を拾ったゼプテンバールもまた、強く頷く。


悲しみを抱きながらも、自身の主を守る為。

二人は真っ直ぐに駆け出した。







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