第6話
「ほう。親睦を深める為の茶会とな。勿論、俺でよければ喜んで参加しよう。最高級の菓子を持参するので、楽しみにしててくれ」
「はぁいお疲れ様〜。ゼプテンバール君プリン好き? 私お菓子作り得意だから作って持っていこうと思ってるの〜」
「お茶会、ですか。宜しいですよ。僕、珈琲に目がないんです。君が持ってくる物にも期待してますね」
「あははっ! お茶会!!? 美味い物食えるよね!? なら行く!! 絶対行く!! 熱出ても行くから!! あはははは!! ま、おれ風邪ひいた事ないけどね!!! あはははははは!!」
「お誘い、感謝致します。私でよければ喜んで。今から楽しみですわ」
「はわわわ僕にですかぁ……? お、おおおお恐れ多いけれど……気になります……。い、行っても、いいんですか……?」
ヤヌアール、フェブルアール、マイ、ユーニ、ユーリ、オクトーバーと、順調ではあった。正直ヤヌアールには切り捨てられると思っていたので、承諾してくれて有難かった。
だが、問題は残りの三人であった。
「あん? 誰が行くかこの糞餓鬼。俺様は行かねぇよバーカ。んな事してるヒマがあったら働けってのダサT」
「ふむお茶会ですか。行って差しあげても宜しいのですがボクがそれに参加するメリットはありますか? なければ時間の無駄なので行きたくないのですが」
「は、はぁ……どうしても、ですか? 俺そういうの苦手なんですが……どちらでもいいのであれば不参加でお願いしたいのですが……駄目かな……あはは……」
メルツ、アプリル、アウグスト。
この三名は……まぁ、予想出来たと言えば出来た。
メルツは勿論の事、嫌味な言い回しをするアプリルもそうだが、アウグストは少し意外だった。
とはいえメルツに至っては取り付く島もない程にバッサリと切り捨てられてしまった。
あれ程Tシャツについてつっこんで欲しかった筈なのに、いざダサTと呼ばれてしまっては悲しいものだ。
招待状すら受け取ってくれずに途方に暮れていると、前方から見知らぬ青年が歩いてきた。
艶のある漆黒の髪にエメラルドのような緑の瞳を持った彼は、両手に沢山の本を積み上げて抱えて歩いている。
「……ねぇ、手伝おうか?」
「え、い、いいんですか……?」
「うん。半分貸して」
青年から本を半分受け取り、並んで歩き始める。
「ありがとうございます……。小説を借りて読んでいたのですが、気が付けば部屋に溜まってしまっていて…… 」
「へぇ、熱心なんだね。こんな分厚いのよく読めるよ……」
「確かに、避ける人多いと思います。でも……折角書いたのに誰にも読まれないのは悲しいし……もしかしたら隠れた名作かもしれないじゃないですか。試しに数ページ、読んでみては如何ですか?」
ふむ、と一番上に置かれていた本の表紙に目を向ける。赤い布地でカバーされ、金糸で題名が刺繍されている、高価そうな本だ。題名は──。
「『人間の愛』……?」
「はい。面白かったですよ。それは小説、というよりも哲学書に近いものですが……。敵対する家系に生まれた二人の男女が、親密な関係になっていく……恋物語です」
「一応は小説なんだ。どこら辺が面白いの?」
「……俺達と違う所……ですかね」
青年はピタリと立ち止まり、そう言った。つられてゼプテンバールも立ち止まる。
「? どういう事?」
「人間って、人間に恋をするらしいです。容姿、人柄、性格、趣味が合う等々……あらゆる側面に惹かれるそうです」
「魔物でもあるじゃないか」
「……魔物の始まりは、魔力じゃないですか」
あぁ、そうだった。
ゼプテンバールはそこでハッとした。
ゼプテンバールがディツェンバーの下僕になると誓ったのは、あの特別な魔力に圧倒された、というのもあったからだ。魔物にとっての大前提なので触れる事はなかったが、人間はそうではないらしい。
「人間が羨ましい。俺達のように様々な感情や思案を抱えている。一瞬で尽きてしまうような弱い存在の筈なのに……俺よりも強い」
そう語る彼はどこか悲しそうだった。なんと声を掛けるべきか迷ったが、答えは見つからない。沈黙が続いたので、ゼプテンバールは仕方なく上にあった本を手に取った。
「読む! これ、読むよ。僕、そんなに賢くないし……読むの遅いけど……必ず全部読んで君に感想を伝えるから……!」
「! ……本当ですか? 楽しみに待ってます……!」
書庫に到着すると本をテーブルに置き、ゼプテンバールが踵を返そうとすると、青年は引き止める。
「あの……何かお悩みでしたら聞きますよ」
「……大丈夫。気は紛れたから……もう少し頑張ってみるよ」
「……そう、ですか……。俺では力不足かもしれませんが……いつでも相談に乗りますから……!」
「ありがとう。あ、名前教えて。僕はゼプテンバール!」
青年は恥ずかしげにはにかみながら、柔らかにその名を口にした。
「アルターです。ゼプテンバールさん、よろしくお願いしますね……!」
黒髪の青年、アルターは手を振ってゼプテンバールを見送ってくれた。
借りた本を片手にゼプテンバールは早足気味に自室へと向かう。
本をテーブルに置いた後、改めてメルツ達の分の招待状を手にして駆け出した。
幸いにもメルツ、アプリル、アウグストは一箇所に集まってくれていた。
このメンバーで場を共有しているのは珍しい事なので、少し驚いた。だがあくまでそれを顔に出さないようにして、ゼプテンバールは三人の元へ駆け寄った。
「ねぇ三人共! やっぱりお茶会来てよ!」
「はぁん? 行かねぇつったろうが……テメェの耳には糞でも詰まってんのか」
「ツッコミ待ちだそうなのでメルツ君、彼の耳に指でも突っ込んで差し上げなさい」
「ヤだよ」
「そういう意味合いではないと思いますが……」
段々と苛立ちが湧き上がってくるが、ぐっと堪えて招待状を突き出した。
「これ! ディツェンバー様からのお誘いなの!!」
嘘だが嘘ではない。
現に準備をしてくれているのは他でもない自分達の主だ。
主であるディツェンバーの誘いを断るというのは忠義に反するという事。本当は使いたくなかった手だが、親睦を深める為には致し方ない。
「魔王様主催ならば喜んで参加致しましょう。不肖アウグスト。謹んでお受け致します」
ころりと態度を変え、目を輝かせて招待状を受け取ったアウグスト。この半年間付き合って分かった事。それはアウグストがディツェンバーを崇拝しているという事だった。
信者的な発言は勿論、彼の行動基準はほぼディツェンバーの意に沿われている。彼に至ってはディツェンバーの名を出せば大概はなんとかなるのだ。
しかしそんな信者に反して、メルツとアプリルは否定的だった。
「ディツェンバー様が? まさかそんな……」
「ケッ、どうだかなぁ? あののほほんとしたゆるきゃら魔王サマが……」
と、言いかけてアプリルとメルツは溜め息をついた。
「いや、普通にやるな……」
「やりますねぇ……脳内お花満開で年中咲き乱れてますからねぇ……」
「不敬が過ぎない?」
だがやはり皆ディツェンバーには叶わないらしい。渋々と招待状を受け取って、当日来てくれると約束してくれた。
────そして、親睦を深める為の茶会が始まる。