第63話
マイも薙刀を取り出し、ベヴェルクトから繰り出された剣撃を防ぐ。
「ッ……」
ビリビリと腕に伝わってくる衝撃が、ベヴェルクトの実力が本物である事を物語っていた。
目を細めて、剣を振り払い体勢を立て直そうとするも、ベヴェルクトは止まってはくれない。
すぐさま突き出された剣先を既の所で躱す。
(やはり強いですね……錯乱していても隙が見えない……!)
かなり揺さぶりをかけ、ベヴェルクトの精神を掻き乱したという自信があったのだが、その攻撃に動揺も隙も見受けられない。
以前、ディツェンバーに聞いた事がある。ベヴェルクトもまた部下の候補であった、と。
それはつまり相当の実力を持ち合わせているという事を指す。続けて繰り出される斬撃を流しながら、マイは薙刀を強く握り締めた。
「そろそろ……反撃といきますよ……!」
ザシュッ、と。ベヴェルクトの頬が切れた。
「!?」
次いで肩。腕。横腹。太腿。足首。
瞬く間にベヴェルクトの身体中にぱっくりと切り傷が作られていく。
一瞬動じたベヴェルクトだが、腹部目掛けて繰り出した攻撃は防がれてしまった。
金属音が響き渡り、双方そのまま動きを止めてしまった。
「ほぅ……流石は十勇士と言った所か……」
「お褒めに与り光栄です。ですがまだまだ……これからですよっ」
半身の体勢になって少し距離をとったマイは、勢いをつけて踏み込んだ。先程よりも強い衝撃に備えたベヴェルクトに、回し蹴りをいれる。
「ぐっ……!!」
怯んだ隙を狙って薙刀を振り下ろす。それは避けられてしまったが、続けて薙刀を回して柄を使って殴り掛かる。
ガツンッ、と。
躱された為、カーペットが敷かれた床が抉れてしまった。
ベヴェルクトが窓際まで後退する。
少しの間様子見に回るらしい。マイも暫く黙って様子を見ていたが、やがて静かに口を開いた。
「今一度聞きますが……降参する気はありませんか? 今撤退すれば見逃して差しあげてもいいですよ」
「ふざけないでくれたまえ。少なくとも、メルツに会わない限り撤退なんて有り得ないのだよ」
「…………では、やりましょうか。誠不本意ですが、実行しますよ」
「────おう」
ふと、メルツが姿を現した。
部屋の天井を突き破り、軽やかに着地してベヴェルクトを睨み付ける。
その姿を目指したベヴェルクトが、パッと顔を紅潮させた。
「あぁメルツ!! やはり会いに来てくれたのだね! 僕は信じていたよ!!」
「…………」
やはり直接目にしては恐怖心を抑えられないか。そう判断したマイは、メルツを庇うようにして立つ。
しかし構わずベヴェルクトは続ける。
「なぁメルツ! その男がおかしな事を言うのだよ! メルツは僕の事嫌いじゃないだろう!? 大好きだと言ってくれただろう!? だから僕の事殺してくれるんだよね!? 君の事も殺させてくれるんだよね!? ねぇ答えておくれよメルツ! もっともっと君の声を聞かせて欲しいのだ……死ぬ間際まで君に溺れていたいからっ!! さぁ! さぁ! さぁ!! 好きだと!! 大好きだと!! 愛していると!! 言っておくれよメルツ!!」
「うるせぇ死ね」
忌々しげに吐き捨てられた言葉に、ベヴェルクトは硬直した。伸ばしていた手の指先までピタリ、と。まるで時間が止まったかのようにベヴェルクトは動きを止めたのだ。
「………………メルツ……?」
「くたばれ」
続けて暴言。
それでもベヴェルクトが折れる様子はない。
「……………………どうして、そんな事を言うんだい…………? まさか、寝ぼけているのかい…………?」
心配そうに首を傾げるベヴェルクトに、とうとう嫌気がさしたらしい。
「あああああぁぁぁぁぁ!! ムカつく!! テメェの事を好きになる事は金輪際!! この先一生!! 絶対に!! ない!!!」
はっきりと、区切られて告げられた言葉にもベヴェルクトは諦めない。
「そんな嘘だろう!? 僕を試しているのかい? ならば僕から答えるよ! 愛しているよメルツ!! 僕のものになっておくれ!!」
「ッ……無理っ!!」
ぐいっ、とメルツはマイの胸倉を掴んで自身の方へ引き寄せる。そして──
「そんなに現実が受け入れられねぇなら、嫌でも受け入れさせてやるよ」
マイとメルツの唇が、重ねられた。




