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ZEHN HELDEN ─魔界の十勇士─  作者: 京町ミヤ
第2部《魔界》
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第61話

「…………ゼプテン、バール……」


背中をざっくりと斬られたにも関わらず、苦痛の表情を浮かべる事なくヤヌアールは上体を起こした。

血に染まり、所々切られてしまった深みのある赤いコートをゼプテンバールに羽織らせ、泣きじゃくる彼を抱き寄せる。


「自分の決めた道を……かもしれないで否定するな……」


「うっ、ぇ……?」


「……守りたいんだろう……? 皆を……その手で……」


メーアの血に塗れた手を、ヤヌアールは包み込んでくれた。いつの間にか変わらない大きさになっていたのだが、そんな感動を感じる間もなく、彼女は苦しげに吐息を漏らす。


「お前にはまだ……力が残っているだろう……。ならば……武器を取れ……! 諦めるな……! 自分を責めるのは全てが終わってからでも遅くない……。目的を、見失うな」


弱々しい声色だが、込められている想いはいつも以上に強かった。ゼプテンバールを抱き締めるその力は、段々と力が無くなっていくのに。


「誇れ。お前は()を守った……! 目的を一つ、達成出来たんだ……。じきに皆消えてしまうだろう……だが……だが魔王様だけは……死んでも守り通せ……!!」


ゼプテンバールを鼓舞する声の重みは増すばかりで。


「でも……」


「辛いだろう……だが、お前の決めた選択はお前だけの物だ……。お前が否定しては駄目なんだ……」


どさっ、とヤヌアールが崩れた。

慌てて身体を支えるも、ゼプテンバールの腕に伝ってくる彼女の血は止めどなく流れ出ている。


「もう分かったから喋らないでよ……ヤヌアールまで死んじゃ嫌だよ……」


アウグストの時もそうだった。死んでもおかしくない傷を負っているのに、まるで最後のように言葉を紡ぐ。


まだ死なせたくないのに。仕方がない、といったふうに笑うのだから。


それがゼプテンバールにとって辛いと分かっている筈なのに、彼女は止めなかった。


「……フェブルアールとの約束……守れ、たかな……。お前を……助け、たんだよな……私は……」


「あぁそうだよ! ヤヌアールは僕の事を助けてくれた!! だから──」


「なら……尚更、だな……。私が出来たんだ……同じ努力をしてきたお前なら……、必ず出来るさ……」


にこり、と力なく笑う。


「お前は私達(・・)()認めた(・・・)最高の仲間なんだ……。例え……仲間の妻を殺してしまったとしても…………、お前は……お前の決意を通す資格がある……。それが間違っていたなら……仲間である、私達が止めたんだから、な……」


その言葉に、全てが詰まっていた。


ゼプテンバールが心のどこかで感じていた疎外感を振り払い、隣に立つ仲間であると伝えてくれたのだろう。

そして、彼が後悔した事を……。


「やる事をやってから後悔しろ。受け入れるも拒絶するもそれからだ。主の為に行動するお前は……何一つ間違っていない……!!」


再度、強く言われてゼプテンバールは頷くしかなかった。後悔はまだ残っているのかもしれない。


しかし、ヤヌアールの前でこれ以上迷うのは失礼に値するだろう。

同じ、ディツェンバー()の部下として。


不安な気持ちを誤魔化すかのように、羽織らせてくれたヤヌアールのコートを握り締めて真っ直ぐに彼女を見つめる。


以前、本来の持ち主であるヤヌアールの幼馴染に勇気を貰える、と彼女は言っていた。

ゼプテンバールにも力を貸してくれるのだろうか。少しの勇気が湧いた気がした。


「分かった……。ヤヌアール、僕を助けてくれてありがとう」


ゼプテンバールがそう告げると、灰色の靄に包まれ始めるヤヌアールがそっと微笑んだ。


「こちらこそ……ありがとう……」


灰色の魔石に変化したヤヌアールの、最後の言葉だった。

彼女がいた所には水色が二つと、ピンクと、紫と、青の魔石が落ちている。


(あぁ……、皆……)


手に着いた血を無造作にシャツで拭き取ってから、魔石を優しく包み込んだ。


ヤヌアールも


フェブルアールも


アプリルも


ユーニも


ユーリも


オクトーバーも…………。


「ディツェンバー様の為に……戦ったんだね……」


立ち止まっている暇はない。震える足で立ち上がり、涙を拭って、落としていた刀を握り締める。


「…………敬愛する魔王様……僕は貴方様に、全てを捧げます……。そして……志を共にする仲間の意志を……無下にはしません。十勇士ゼン・ヘルデン・ゼプテンバールは…………っ僕は……」


ばっ、と顔を上げて、ゼプテンバールは赤い双眸に光を宿らせる。


「──この僕自身が決めた選択を貫きます!!」


もう迷わない。

曖昧な感覚には頼らない。


完全な覚醒に至らなくとも、ゼプテンバールは今の己の力で道を切り開くと。力不足であっても、『守る』という選択を進み続ける。


そう、心から覚悟した。



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