第57話
ゼプテンバールの目の前に立つ男性には見覚えがあった。
四年前、ゼプテンバールが参加した剣の大会に優勝者最有力候補として出場していた筈だ。名は確か……
「……アーベント……」
だった筈だ。
正解だったらしく、アーベントはにやりと目を細める。
「覚えててくれて嬉しいぜぇ……あん時の恨み……晴らさせてもらうぜ」
アーベントのいうあの時。
剣の大会でゼプテンバールはアーベントの攻撃を受けて気絶した。その際ヴェルメ族としての覚醒が起こり、彼を倒してしまった。
ゼプテンバールとしては恨まれる理由が深くまで察せなかったが、確かに年端もいかない子供に負かされたとなればプライドはズタズタだろう。
刀を構え、ゼプテンバールは深く息を吐く。
「へぇ……あん時よりかは様になってるじゃねぇか」
「そりゃ……僕だって訓練積んだからね……」
「そりゃ偉い。褒めてやるぞ。だが……強くなってんのはお前だけじゃねぇんだぜ……!!」
「────」
見えなかった。
アーベントの剣撃を目で追えず、咄嗟に後退する。しかし少し遅かったのか、腕からは赤い血が伝っていた。
「っ……」
「まだまだァ!」
二撃、三撃、と繰り出される閃光を躱す。だが見えない斬撃に攻撃されているのか、ゼプテンバールは負傷する一方だ。
アーベントの実力が本物である事は、ゼプテンバールも重々承知している。彼は一時の有名人であるゼプテンバールとは違い、元より名の通った剣士として活躍していたのだから。
過去に対峙した際と同じ、"殺されるかもしれない"という恐怖が蘇る。あの時とは違い、今回は確実にゼプテンバールを葬ろうとしているので、その気迫は過去の物より絶大だ。
恐怖を掻き消して、ゼプテンバールは一歩踏み込む。アーベントの剣撃をギリギリと所で躱し、刀を突き出す。
しかしアーベントは難なくそれを避ける。そして更に距離を詰め、ゼプテンバールの鳩尾目掛けて膝蹴りを繰り出した。
「ぅ、おぇっ!?」
込み上げる吐き気を感じていると、アーベントは剣を握っている反対の手で拳を握って、今度はゼプテンバールの頬に打ち込む。
「がっ、!?」
勢いに耐えられず、地面を転がってしまう。蹴られた鳩尾が痛む。治まらない吐き気を我慢しつつ、再度刀を握って立ち上がった。
「ふぅん。軍隊長に稽古つけてもらった、ってのは間違いじゃなかったらしいな」
「へへっ……ヤヌアールだけじゃないさ」
彼女以外にも、手が空いている者がいれば稽古の相手になってくれた。その強さは確かに身についているのだ。
だからこそ、ゼプテンバールはアーベントに勝たねばならない。
それがヤヌアール達の強さを証明する事にも繋がるのだから。
「ま、それもどこまでもつかなァ」
アーベントがまた構える。来る、と察知した瞬間、ゼプテンバールは横に移動した。
「!」
と、アーベントの攻撃を避ける事が出来た。その間に彼の背後に回りこみ、刀を振り下ろす。
「チッ」
しかしそれは掠る事なく、虚しく空を切るだけであった。
(もっと……決定的な一撃を……!)
刀を握り締め、更に一歩踏み込む。
と、突き出した刀がアーベントの頬を掠った。そのまま刀を振り下ろそうとした所で、アーベントが剣を振るった。
「あっ……ぅぐっ!」
刀を弾かれ、胴が空いたゼプテンバールの腹部を蹴り付ける。二度にわたって蹴り付けられた腹部へのダメージはさる事ながら、刀が手元から離れた事の焦りも募っていた。
「ホントは嬲り殺してやりてぇけど……時間もねぇしな。あばよ」
瞬間、胸に焼かれたような痛みが走った。アーベントの剣に貫かれ、びくんと身体が跳ねる。それと同時にゼプテンバールの意識は闇の中へと引きずり込まれて行ったのだった。
※※※※※
暗い。
暗い闇の中を、僕は彷徨っていた。
目的がある訳でもなく。
ただ歩いていた。
意識が朦朧としている。
やっぱり、キュステやシュテルンと一緒に人間界へ行った方が良かったのかな。
でもね。
僕は……メルツとマイと約束したんだ。
三人で人間界へ行くって。
どんな理由であれ、抜け駆けは良くないよ。
それにね。
皆が心配なんだ。
ヤヌアールは率先して任務を引き受けるけど、本心ではもう放棄したいと思っているかもしれない。
フェブルアールは状況判断が早いし、合理的な思考をしがちだからもう諦めているかもしれない。
メルツは色んな事が出来るけど、本当は強がりだから今頃困っているかもしれない。
アプリルは見下した態度でいるけれど、戦闘だけは苦手だから危険な状況に陥っているかもしれない。
マイは真面目で良い奴だけど頼り方を知らない人だから、一人で突っ走っちゃってるかもしれない。
ユーニは誰かの為に一生懸命になりすぎてるから、怪我してても戦っているかもしれない。
ユーリはいつも一歩引いた所で着いてきてくれるから、こんな時どうすればいいか分からなくなっているかもしれない。
オクトーバーは本当は強いけど、突然の出来事に震えてるかもしれない。
頼もしい仲間も、心配な仲間も、皆含めて。
僕は皆が大好きなんだ。
死んじゃったアウグストにも、応援されている気がするから。
皆で……ディツェンバー様の所へ行かなくちゃ。
ディツェンバー様と皆がいれば、必ず何とか出来るから。
僕の大切な居場所を…………失いたくないんだ。
これ以上誰かを…………失いたくないんだ。
僕の為に尽くしてくれた皆に、今度は僕が尽くしてあげたいんだ。
だからお願いだよ…………。
お願いだから僕に、力を貸してよ……。