第56話
「やぁぁあ!!」
どの位時間が経っただろうか。
どの位剣を振っただろうか。
どの位殺しただろうか。
城の正面入口に押し掛ける魔物達を切り捨てて、どの位血を浴びただろうか。
ヤヌアールの足元には数え切れない程の魔石が落ちている。
彼女の握る剣は柄まで赤く染っている。
あらゆる所を負傷した。傷一つなかった端正な顔に、無数の切り傷。躱しきれずに受けてしまった矢やナイフ。
立っているのが限界だ、と思い始めてからも無我夢中で剣を振るい続けた。
全ては中にいる者達への被害を減らす為。
あと少し耐えれば、軍の者達が来てくれるかもしれない。
あと少し耐えれば、他の十勇士が来てくれるかもしれない。
あと少し耐えれば、諦めて帰ってくれるかもしれない。
あと少し耐えれば。あと少し耐えれば。あと少し耐えれば。
そんな希望を抱き耐え続けて、ついに正面入口に現れた敵を全て殲滅した。
「ひゅぅ〜軍隊長様様ねぇ。キャハッ」
限界を超えたヤヌアールは、ゾンネに視線を向ける事なくその場に膝をついた。約数十分、およそ百近い敵を一人で殲滅したのだ。
そんなヤヌアールにゆっくりと歩み寄る無傷のゾンネ。
「キャハハッ。耐えた耐えた。よく出来ましたで賞をあげなくちゃねぇ。でも、ここでお終いねぇ……キャハハハハッ」
足元に落ちていた剣を手に取り、ゾンネは勢いよく振りかぶった。
──グサッ、と。
ゾンネの首に一本の矢が突き刺さった。
「────あ、ぇぅっ」
一瞬目を見開き、剣を落として黄色い靄に包まれるゾンネ。そんな彼女の後ろからふわふわと宙に浮いて、ヤヌアールの元へと移動する少女が映った。
否、幼い見た目をした女性・フェブルアールだ。
どうして、と声を出そうとしたゾンネだが、間もなくして魔石へと変化した。静けさを取り戻した正面入口で、フェブルアールはヤヌアールの頬に手を添える。
「ヤヌアールちゃん。お顔を上げて」
「…………フェブルアール…………」
フェブルアールの両足はなく、今なおポタリ、ポタリと切断部から血が溢れ出ている。それでもフェブルアールは痛みを顔に映さずに、ヤヌアールに向けて笑みを浮かべている。
「流石、ヤヌアールちゃんだわ……もう少しだけ、頑張れるかしら」
首を横に振りたい。もう手足が震えて視界も霞んできていると。
ヤヌアールの返答を聞かずに、フェブルアールは続ける。
「……私はここで終わるわ……。オクトーバー君も……アプリル君にユーニ君の魔力も感じられない……」
悔しそうに眉根を寄せる彼女は、だから……、とヤヌアールの顔を覗き込む。
「あともうひと踏ん張り。せめて……誰か一人だけでも……」
フェブルアールは悟っているのかもしれない。ここで全員死んでしまう、と。
場を和ませ、いつだって中立でいてくれたフェブルアールだが、今回に限っては諦めが早すぎるような気がする。
それは、自身の死が迫っているからなのだろうか。ヤヌアールには理解出来なかった。
「私の魔力、残り全部持って行っていいから……一人でも多くの人を救ってあげて……」
こつん、と額と額を合わせる。と、その瞬間に、ヤヌアールの尽きかけていた魔力が回復した。フェブルアールが残っていた魔力を渡してくれたのだ。
「フェブルアール…………」
「貴女は強い子よ……。どうか……お願い…………」
水色の靄に包まれ始めるフェブルアールを抱き締め、ヤヌアールは首を縦に振った。
「分かったよ……必ず……」
「…………ふふっ、いい子、……ねぇ」
へにゃり、と笑みを浮かべて、フェブルアールの姿も魔石へと変化した。
悲しみに浸る間もなく、ヤヌアールは立ち上がる。
「近くにいるのは……ユーリか」
ユーリの魔力を感知したヤヌアールは、疲労で震える脚を奮い立たせて駆け出した。
※※※※※※※※※※
人間界へ通じる門へとやって来たゼプテンバール、キュステ、シュテルン。後ろから追っ手が来てるかもしれないので、急ぎ門を潜らねばならないのだが──
「…………キュステ、シュテルン。やっぱり僕……戻るよ」
既のところで、ゼプテンバールはそう述べた。戸惑うシュテルンに対して、キュステが落ち着いた様子で問い掛ける。
「魔王様の御命令をお忘れですか?」
「まさか。でも……ディツェンバー様はきっと、僕をあの場から離したかったんだ。それ位……察しは着くよ」
ゼプテンバールの言う通りだった。ディツェンバーはゼプテンバールにアルターを会わせたくなかったのだ。
再び顔を合わせてしまえば、友人として過ごした日々が悪いものになってしまうと思ったから。
いい思い出のままでいて欲しかったのだ。
ゼプテンバールにはそこまで汲み取る事が出来なかったが、なんとなく……ディツェンバーの誤魔化しを感じ取ったのだ。
「だから……僕まで人間界に行く必要はないと思うんだ。キュステもシュテルンも僕より強いから……足手まといになっちゃう」
「そんな事ありません……! それに、今頃上は戦場になっているでしょう。一刻も早く行かなければ……」
「シュテルン。僕はまだ子供だよ。でも……子供でも僕はディツェンバー様の部下なんだ。だからこそ僕は、ディツェンバーの命に背いてここに残る」
「でも!」
「分かりました」
キュステの凛とした声に、シュテルンは押し黙った。
「ゼプテンバール様、貴方の意思を尊重しましょう。ですが……ここに残るという事はここで死ぬという事と同義です。お忘れなきよう」
「…………四年前……ディツェンバー様に跪いた時から覚悟はしてたつもりだよ」
頭を垂れ、ディツェンバーに忠誠を誓ったあの日から。ゼプテンバールはディツェンバーの部下として生きてきたのだ。
出会った仲間達も、人間界へ行く夢も。ディツェンバーという人がいなければ得られなかったものばかりだ。
「それに、他の皆を置いて行くなんて出来ないし……。未来の事は、二人に任せちゃってもいいかな?」
「…………畏まりました。魔界と人間界の未来は、必ず私達が守ります。ですからゼプテンバール様は……我等が主をお任せします」
深々と一礼するキュステ。シュテルンは最後まで難しい表情のままだったが、ゼプテンバールの意思は受け取ってくれたらしく
「……御武運を」
短く、そう言った。
「ありがとう二人共……」
人間界への門を潜った二人を見送ってから、ゼプテンバールはその場を去る。
ディツェンバーの部屋へと向かう途中で、一人の男性が立ちはだかった。
赤い髪をした貴族らしき風貌をした男性は
「久し振りだなァ……ゼプテンバール……」
鋭い視線を、ゼプテンバールに向けて殺意を顕にしていた。