第55話
ナトゥーアの攻撃を躱しながら発砲するユーニ。ユーニの発砲した弾を避けて攻撃を仕掛けるナトゥーア。
その激戦を見つめながら、アプリルはナトゥーアを視線で追っていた。
アプリルの能力を発動させるには、条件として相手と目を合わせなければならない。
しかしナトゥーアはそれを知っているのか、目を閉じてユーニに攻撃を仕掛けている。その状態ですら、ユーニとアプリルの放つ銃弾や魔弾を交わしているのだから、戦闘狂の名は本物だと実感させられた。
しかしその程度で諦めるアプリルではない。
目を閉じているのであれば、無理矢理開けさせればいいだけの事。
その為にはアプリル自身が前衛に赴かねばならないのだが……
(魔術以外からきしのボクに、彼女の攻撃を避けて近付くなんて芸当出来る筈がない……)
魔術学、魔術の扱いにおいては長けているアプリルだが、彼女の前では話にならない事位当然把握している。
だからこそアプリルは様子を見る工程を飛ばして、初めから本気を出すという選択をとったのだ。
「ユーニ! 頼みましたよ!」
「オッケー!! ──『ナトゥーア目を開けろ!!』」
「ぅえぇっ!?」
ユーニがそう命令した瞬間、ナトゥーアが目を開けた。
──ユーニの持ち合わせる能力は『強い意志に従わせる』。対象の名を呼び、一つだけ命令を下せる。
アプリルと違って目を合わせる必要もなく、予めユーニの声と認識されていれば発動可能だ。
ナトゥーアは既にユーニの声を知ってしまっている。その為彼の命令に従わざるを得ない状況は完成されていた。
ナトゥーアが目を開けば、あとはアプリルが彼女と目を合わせるだけ。
ガラス玉のような瞳と果実のような赤い瞳が交わった瞬間、アプリルがその場に倒れ、ナトゥーアの動きがピタリと止まった。
「アプリル、どこだ!?」
「…………胸……心臓部分を撃ちなさい……!!」
ナトゥーアの意識を乗っ取り、指示を出す。
現在アプリルの意識はナトゥーアの中にあるので、ユーニが彼女を撃ってしまえば、同様のダメージをアプリルも負ってしまう。
だが、ユーニには確かな自信があった。
──アプリルならタイミングを間違えない、と。
外さないようにギリギリまで近付いて、ナトゥーアの心臓部分に銃口を向ける。固唾を飲みながらもその場に立つナトゥーアに頷きを返してから、ユーニは引き金を引いた。
そして、ナトゥーアが倒れた。
「アプリル……!!」
ユーニの後ろで倒れていたアプリルが上体を起こす。タイミングはしっかりと合っていたらしく、それらしいダメージは見受けられなかった。
「ユーニ……」
「怪我してないよな!?」
確認の為一応そう聞くと、アプリルは柔らかに微笑んだ。
「問題ありません。すぐに魔術が解けると思うので、戻ったらすぐに皆さんとごうりゅ────」
──グシャッ、と。
アプリルの胸に穴が空いた。
「!? アプリルッ────」
──グシャッ、と。
ユーニの胸にも穴が空いた。
※※※※※※※※※※
床に伏しているアプリルとユーニの胸を貫き、ナトゥーアは腕にこべりついた血を舐めとる。
「ごめんねぇ? ナーちゃん、本当は平等って言葉が嫌いなの」
ナトゥーアのいう核を破壊すれば意識は取り戻せる。その言葉に嘘偽りはない。
しかし核を破壊すれば、先に意識を取り戻すのはナトゥーアだ。二人が目覚める前に殺してしまえば、ナトゥーアに被害が出る事はない。
彼女の役割は十勇士を最低二人殺す事。目的は達成されたのだ。
「それに、ナーちゃんはもう戦闘狂を卒業したからね。集中すると見境なくなっちゃうから……撤退が吉と見た」
ナトゥーアは確かに戦闘狂としてその名を馳せた。しかし一児の母となった今の彼女には、その狂気が見受けられない。
戦闘よりも子育て。獲物よりも娘。
娘が第一と順位が変わったナトゥーアはもう戦闘狂ではないのだ。
「ん〜……でもなぁ……まだ時間あるし、どうしよっかな〜」
一人呟きながら、ナトゥーアは首を傾げる。
「うーん……うーん……あ、そうだわ! あの子の所へ行きましょう!」
そう思いつくなり、ナトゥーアは鼻歌交じりにその場を去った。胸を貫かれた二人が魔石に変化するのを見届ける事なく。
程なくして、アプリルが魔石へと変化した。しかしユーニは靄に包まれる事すらなく、むくりと起き上がった。
「アプ、……リル…………」
ピンク色の魔石へと変化した友人の名を呼ぶが、当然返事はない。
「……アプリル……、ごめん、…………一緒に……行けなくて…………。どうしても、おれ……約束が、あるから…………」
アプリルの魔石を拾い上げ、ユーニは右手に銃を持って──窓から飛び降りた。
ユーニの視線の先には、真紅の髪をした青年・グレッチャーと戦闘を繰り広げているユーリの姿があった。彼女がいた事は、先程微かに声が聞こえてきたから知っていたのだ。
グレッチャーに向けて残りの弾全てを発砲すると、三発、彼の足に当たった。
「ぐぁっ!!」
「ユーニ……さん……!?」
突如上から落ちてきたユーニを見て、ユーリも驚いたように目を瞬かせていた。彼女の顔や身体には沢山の切り傷が出来ていて、真っ白なシャツに赤い血が滲んでいる。
ユーリにも実力があるとはいえ、グレッチャー相手に苦労したのだろう。彼女に労いの言葉を掛けなければ、とユーニが口を開きかけると、グレッチャーの怒声が辺りに響いた。
「ふざけるなよ!! どうしてこの俺がテメェを見上げなきゃいけねぇんだよ!! そうやって媚へつらって男に守ってもらってよぉ!! 所詮テメェはそういう女なんだ!!」
「…………」
「どうせディツェンバーにも色目使ってたんだろ!! そうじゃねけりゃお前みたいな女が──」
「黙れよ!!」
今度はユーニが被せて言った。
「お前にユーリを罵倒する資格はない!! 自惚れるな!! お前はそこまで偉い魔物じゃない!!」
「てっめぇ……!!」
「…………御子息様」
ユーニに足を撃たれて起き上がれないグレッチャーは、剣を握り締めて怒りを露わにする。しかしそんな彼に、ユーリはゆっくりと歩み寄った。
「貴方の言葉を、否定はしません……。私は……弱いですから……。ですからせめて……」
鎖鎌をくるりと回して、ユーリは頬笑みを浮かべた。普段通りの、可憐で美しい笑みを。
「最後位、私自身の手で……」
「はぁ……!? お、お前っ──」
──ザクリッ、と。
グレッチャーの首に鎖鎌の刃先を押し込んだ。
夥しい量の血が吹きでて、彼は赤い靄に包まれて魔石となってしまう。
「…………」
「……ユーリ……」
その場に立ち尽す彼女に歩み寄るより先に、ユーニは足の力が抜けてその場に倒れ込んでしまう。と、顔から地面に落ちる前にユーリが支えてくれた。
「すぐに治療魔術を……」
慌てて魔術を発動させるユーリだが、ユーニの身体はもう限界を迎えていた。身体が靄に包まれるのを見て、更に焦るユーリ。そんな彼女に、途切れ途切れになりながらもユーニは言葉を紡ぐ。
「ほんとは、もっと早く……かっこよく、君を助けたかったけど…………約束、守った……、よ」
「っ……!」
「でも……ユーリ、強くなってたなぁ……びっくり、しちゃっ……た。……ねぇ、ユーリ…………笑って、ほしいな……おれ……君の笑顔、好きだから…………」
アプリルの為に、ずっと隣で笑い続けたユーニから紡がれた『笑って欲しい』という言葉。
ユーリは悲痛そうに眉を寄せていたが、懇願するような瞳を向けられて
「……はい……っ、とても……とても、……かっこよかったです……」
と、頬笑みを浮かべるしかなかった。
とはいえ大きな目からは涙が零れていたし、声は嗚咽混じりであったりで、とてもユーニが望む笑みとはかけ離れていただろう。
が、ユーニは笑っていた。嬉しそうに。魔石になるその瞬間まで。
ユーリの足元には、ピンク色と水色の魔石が残されていたのだった。