第5話
ディツェンバーの部下になって半年。ゼプテンバールは困惑していた。
「なんで……誰も僕の服に疑問を抱かないの!?!?」
そう。誰もゼプテンバールの服装に関して口を出さないのである。
思い返せばディツェンバーに呼び出されたあの日も白いTシャツに『非暴力』と黒字で書かれたものに、黒いズボンというスーパーラフな格好をしていた。
次の日から魔王城で住み込みで働く事になったはいいものの、服装についての指定はなかった。執事や侍従、という役職を与えられたマイとユーニは別として、他の者達には指定の服がなかったからだ。
流石に寝巻きのような格好で主の前をうろうろするのは良くないと思ったので、急いで服を買いに行ったが資金が足らず断念。
ディツェンバーに相談した所
「え、服? そのまんまでいいよ〜」
と、言われてしまった。
彼がそう言うのだからいいか、とこの半年間似たような格好をして来たが、誰も何も言わないのだ。
ゼプテンバールが文字が書かれたTシャツを好んで着る理由はただ一つ。
ネタである。
元々人見知りなゼプテンバールが考え出した、ある種の作戦だ。
初見でもツッコミが出来るようにと、わざと意味深な文字が書かれたTシャツを着用しているのだが……。
「つっこまれなきゃ意味ないよ……」
端的に言えば落ち込んでいるのだ。
折角他人と交流する機会があるのだから、せめて同僚と話くらいしたい、というのが彼の切実な願いだった。
だが実際はどうだろうか。
仕事、仕事、仕事、飲み会、仕事、仕事、仕事。
これの繰り返しである。
飲み会と言っても、成人してるヤヌアールやメルツが騒いでいるだけで、それらしい交流は出来ていない。
年齢が近そうなオクトーバーに話し掛けたが、緊張で震えているのかまともに会話出来なかったのを覚えている。
万事休す。為す術もない。一環の終わりだ。
…………いや、そこまでではないか。
「あーあ。つっこんでもらう為にこのTシャツ買ったのにな〜」
本日のTシャツは『ツッコミ待ち』と書かれたもの。ここまで堂々としているのに、すれ違った同僚誰一人として反応を示さなかった。ここまで来ると少し悲しい。
「せめてイベントとかあったらいいんだけどな〜」
「ないなら作ればいいじゃない」
ふと、耳元で声がした。びくりと肩を震わせて、ゼプテンバールは声の主を見る為に振り返った。
「フェブルアール……!」
二本のアホ毛を揺らして、ふわふわと宙に浮いているフェブルアールがそこにいた。にこりと微笑んでゼプテンバールの隣に立ち並ぶ。
「悩みならおばさんが聞くよ?」
「悩み……っていうか……。どうやったら皆と仲良くなれるのかな、って……」
「ふむふむ」
「勿論、それぞれ仕事があるし……そりが合わない可能性も頭にはある。でも……ただ立場が同じ、ってだけなのは嫌だ……」
「……ゼプテンバール君は可愛いねぇ」
ふにゃ、と口元を緩めたかと思うと、フェブルアールはそのままゼプテンバールの頭を撫でた。
「こ、子供扱いしないでよ……」
「私から見たら子供よぉ。よしよし」
「ちょ、ちょっと……!」
半ば強引にフェブルアールから距離を取って、ゼプテンバールは咳払いした。
「確かに、フェブルアールは最年長で僕は最年少さ。でも撫でられると……なんか恥ずかしい……」
「ふふっ、可愛いわねぇ。とはいえ、今重要なのは親睦を深める事よね……」
むむむ、と神妙な面持ちでフェブルアールは悩む様子を見せる。どうやら真剣に考えてはくれるらしい。
「飲み会、だと成人してる子達しか楽しめないものね……。大体メルツちゃんが悪酔いして終わるし……」
「そうだなぁ……何かいい案はないかなぁ……」
「うーん……。……あ、そうだ!」
ぽん、と手を叩いてフェブルアールはゼプテンバールと距離を詰めた。一瞬で詰められた距離に戸惑いつつ、彼もまた彼女の瞳を見つめ返した。
「お茶会よ! お茶会!」
「お、お茶会ぃ……?」
確かに、茶会ならば飲み会と違って全員素面だ。だがそのイベントにのってくれる者はいるのだろうか。
「いいかもだけど準備とかどうするの? そういうのって事前にメンバーの好物とか調べなくちゃいけないだろうし……」
「うーん……確かに、手間は掛かるわねぇ」
盲点だった、とでも言いたげに唇を尖らせるフェブルアール。彼女は元々アヒル口なのであまり変わった印象はないのだが。
それじゃあ、とまた別の声が響いた。
凛としたその声は主、ディツェンバーのものだ。
本来はこの場で跪かなければならないが、ディツェンバーの意向で公の場以外での平伏や敬語は禁止されている。その為一礼だけするのだ。
「僕が仕切ろうか、そのお茶会」
「え、ディツェンバー様が?」
驚きを表したゼプテンバールに、ディツェンバーは優しく微笑みを返した。
「そう。そして準備だけど……各々好きな物を持ち寄ればいいのさ。人気のスイーツ店の菓子でも、有名な銘柄の茶葉や珈琲豆でも、土産物でも何でもね。この際お酒は禁止しようか。持ち寄ってそれを分け合って場を共有する。楽しそうじゃないか」
そう提案する彼は、子供のように無邪気だった。もしかして親睦を深めたいのはディツェンバー様も同じだったのか、と思案しながらゼプテンバールは頷いた。
「確かに、面白そうかもね」
「場所は庭園にしようか。日時は来週の午後二時。此方でもやれる事はやっておくよ」
「ありがとうございます! ディツェンバー様!」
「楽しみだわぁ!」
「それじゃあ……ゼプテンバール。招待状を準備したら君に渡すから、皆に渡してね」
「うん……!」
笑顔で頷いたゼプテンバールは、この時はまだ知らなかった。
中でも馴れ合いを嫌う上位三名がいる事を──。