第53話
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いつだったか。同僚であるゼプテンバールに聞かれた事がある。
「オクトーバーってさ。なんでそんなぶかぶかの服着てるの?」
「ふぇっ……?」
「ズボンもさ、それ……メンズのズボンを切って履いてるよね? サイズないなら僕のあげるよ?」
「い、いえっあ、ぁあの……僕にはこれがぃ、いいのですぅ……」
ゼプテンバールの好意を無駄にする事は心苦しかったが、オクトーバーにはこの服の方が都合がよかったのだ。
オクトーバーの種族は、戦闘民族ヴェルメ族よりも更に希少で、その特性は瀕死状態の時にしか効果を発揮しない。
いつその時が来てもいいように、オクトーバーはメンズサイズの服を着用しているのだ。
本音を言えば、そんな時なんて来て欲しくないが……ディツェンバーの部下となったからには、覚悟を決めなくてはならない。
(僕は……ディツェンバー様の部下だから……。それに……)
自分よりも少し背が高いが、五つも年下のゼプテンバールが日夜努力していたのは知っている。
そんな彼の先輩として。そして同僚として。
恥ずかしい姿は見せられない。
どんなに恐怖で足が竦んでも、どんなに痛みで叫んでも、どんなに苦しくて泣きそうになっても。
たとえその時────しまうとしても。
僕は────。
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ルフトの首が跳んだ。
しかしルフトはこの程度では死なない。
彼の身体は、心臓を除いて全て人形のパーツに作り替えているから。
四肢を切断されても出血する事もないし、ましてや痛みなんて感じない。心臓部分さえ守り抜けばその身体が死ぬ事は有り得ない。
慌ててオクトーバーから距離をとり、跳ばされた首を合わせ、懐から取り出した糸で繋ぎ合わせる。
「な、にっ……が起こったの……」
左足と右腕を切断された筈のオクトーバーが、ゆらりと立ち上がる。が、そこにいたのは彼ではなかった。
「…………は、誰…………?」
「…………」
透き通った艶やかな金髪を青いリボンで一つに纏めた青年。穏やかな青い双眸に、それまでのあどけなさは感じられない。
血に塗れた右腕と左足からは、なくなった筈のものがあった。
「はっ、はぁぁぁぁああ!?!? お前っ、お前っ……オクトーバーかよ!?!?」
「だったら……なんですか……」
声はオクトーバーのままだ。男にしてはか細く、少女のような可憐さを帯びている。それは、140しかなかった身長が170を超えていようと、そこに立っている青年は紛れもないオクトーバーだという事を説明していた。
「ふざけるなよぉ!! オイラのオクトーバー返してよ!!? 確かに綺麗な顔してるけど、オイラが求めてるのは──」
「──投影魔術」
ルフトの赫怒に耳を貸す事なく、オクトーバーは詠唱を唱える。一度足を切断された際に散らばったナイフを一本投げる。
投げた一本のナイフは、オクトーバーの詠唱に反応して十、百、と増え続ける。投影魔術を得意とし、研究に勤しんできたオクトーバーのみが可能とする魔術。
一つの物から敵を殺めるまで止める気はない。
雨のように降り注いだナイフの一つが、ルフトの胸に突き刺さった。その瞬間彼の動きは止まり、全身にナイフを受けながらその場に倒れる。
ルフトが背負っていた棺桶が屋根を伝って滑り落ちていく。それを横目で見つめながら、オクトーバーは投影魔術を解除する。
魔術によって複製されたナイフが、靄となって飛散していく。ルフトの胸元に突き刺さったナイフは、彼が意志を持ち動く為に唯一生身として残されていた魔力核を貫いていた。
「…………使っちゃった……」
投影魔術の天才と呼ばれるオクトーバーだが、それを使う事は好まなかった。
その理由は至極単純。
コントロールが難しいのだ。
天才と呼ばれたオクトーバーですら、発動から解除まで時間がかかる。それまで自身の魔力を削り、対象を見るも無惨な姿に変えるまで魔術は発動し続ける。
敵とはいえ、必要以上に傷付ける事はないと思っているから。オクトーバーは出来るだけ投影魔術を使用しないようにしてきた。
しかし今回、自身の主であるディツェンバーの命がかかっているのだ。相手に慈悲をかけるよりも優先すべきだと判断し、魔術を発動させた。
ルフトは身体を人形に作り替えているので、魔石に変化する事は無い。ぴくりとも動かなくなった彼を一瞥してから、オクトーバーは駆け出す。
「……まだ魔力は残ってる……時間があまりないし、急がないと──」
──グシャッ。
一歩駆け出した瞬間、何者かに心臓を貫かれた。オクトーバーの胸から、自身の血が絡みついた何者かの腕が引き抜かれる。
その勢いに負け、数歩よろけてしまう。込み上げてきた血を吐き出し、敵を確認する為顔を上げた。
「『──対象・確認──』」
無機質な声色でオクトーバーを見据えていたのは、真っ白な少女だった。白い肌、白い髪、白い瞳、白い服。
オクトーバーの血が付着した右腕を除いて、全てが真っ白だった。服の合間から見える彼女の関節部分が球体である事から、彼女もまた人形であると判断出来る。
──彼女の名はクノッヘン。ルフトが再起不能となった場合のみ棺桶から現れ、視界に映った者達を一掃する兵器でもある。
クノッヘンがどこからともなく機関銃を構える頃には、オクトーバーの胸の傷は修復されていた。
彼もまた、魔力が尽きるまで死なない。一度瀕死状態に陥ったオクトーバーは、長年溜め込んできた魔力を放出する事で回復・修復する事が可能だ。魔力を放出する際に姿が変化する……いわば無敵状態でもある。
しかしオクトーバーには時間がないのだ。
この姿になったが最後、オクトーバーに待つのは"死"だけだ。
一度に大量の魔力を使い切る反動が訪れる事は、嫌でも知っている。無敵状態は長くは続かない。もってあと数分だろう。
──その前に、あの人形だけでも破壊しないと。
クノッヘンが機関銃を乱射するや否や、オクトーバーは再び槍を構えて彼女目掛けて振り下ろす。その際銃弾を全身に浴びても、すぐに修復される。
痛みを堪えつつ、クノッヘンの脳天から槍を突き刺す。ガガガッ、と滑らかに身体に亀裂が走り、クノッヘンが真っ二つに割られる。
それでも彼女が止まる様子はなく、それどころか割れた身体の中から一振りの剣が飛び出してきた。
避けきれずに喉首にそれが突き刺さってしまうが、構わずオクトーバーは槍を引き抜いて一閃を薙ぐ。
ガラガラと音を立ててクノッヘンが解体されていく。厳重に守られた彼女の魔石を破壊すると、動きがピタリ、と止まった。
「は、ひゅ……、……っ……ぁ……」
銃弾によって貫かれている傷が塞がらない。全身に力が入らなくなって、首に突き刺さった剣を抜く事も出来なかった。
その場にうつ伏せになって倒れると、抵抗する間もなく屋根を滑り落ちて行ってしまう。身体が投げ出され地面に急降下する頃にはもう、彼の意識は途絶えていた。
青色の靄に包まれ、地面に到達する頃には魔石のみの姿へと変化していたのだった。