第52話
魔王城の屋上に、ぷらぷらと足を揺らして街を見下ろす少年がいた。身の丈程もある棺桶を背負い、骸骨のついたシルクハットを目深に被っている。
確か、少年の名は──
「る、るるっ、ルフト……さんですね……!!」
オクトーバーがそう告げると、少年はハッとして振り返る。オクトーバーを見つめる彼の表情は恍惚としていて、嫌でも背筋が凍るような感覚を覚えた。
「わぁぁぁぁ! 本当に来てくれた! オクトーバーだ!」
「ふぇっ……ぼ、ぼぼぼ僕を、しっ知ってるんですか……?」
「勿論さ! しかもオイラの名前知っててくれたなんて感動!」
妙に昂っているルフトを見据えながら、オクトーバーは槍を構える。しかしルフトは、戦闘態勢に入っているオクトーバーを見つめているのに、警戒すらしていなかった。
それどころか頬を紅潮させて
「わぁわぁ嬉しいなぁ……! 近くで見ると本当に造形がいいなぁ可愛いなぁ人形みたいに整っているよぉオイラと年齢近い筈なのに大人びていないしむしろそこらのガキよりも可愛いってマジ天使じゃんうわぁぁぁあ最っ高っ!!」
と口にする始末。
「…………」
危ない人だ、と他人事でいられた辺り、まだ良かったのかもしれない。ルフトがアガルマトフィリアである事は聞いてきたが、何故自分にここまで好意を顕にしてくるのかは分からない。
彼の事を探ろうとしていたオクトーバーの様子を察してか、ルフトが語ってくれる。
「……オイラは人形以外愛せない……。子供の時からそう。初恋も人形だった……でも……でも、ある時君を見て心臓が高鳴った……! そう! オイラは君に恋してた!」
「…………………………ど、どうも……?」
「それから毎日毎日、君の事だけ考えて生きてきた! そして気付いちゃったんだ! このままだと君は……その造形を崩しちゃうって」
「ぅえ?」
「いくら魔物の加齢速度が遅いとはいえ、衰えるものは衰えるもの。だから、オイラがそれを止めてあげるんだ! 大丈夫だよ! 少しずつ人形に作り替えてあげるから! 魂はそのまま、見た目は永久に美しいままだよ!」
「何言ってるか分かりません…………」
普段は声を発する時、緊張で声が震えてしまうオクトーバーだが、この時だけは不自由なく声を発せた。あまりの驚愕に、考える余裕すらなかったのだ。
目を瞬かせるオクトーバーに、ルフトは微笑みかける。
「あ、ぅ、へへへぇ……大丈夫だよぉ。ちょっと四肢を切断するだけだから。お顔には絶対ぜぇーったいに傷一つ付けないからねぇ。オイラのお人形さんになってくれるよね、オクトーバー」
どこからともなく斧を取り出したルフト。やっと彼も戦闘態勢に入ったのだ。と、構える事なくルフトは駆け出した。
「じっとしててね! そうじゃないとお顔に傷がついちゃう!」
「じっ、じじじっとしていられません!」
振り下ろされた斧を後退して避けるも、ルフトが止まる様子はない。重い棺桶を背負っている筈なのに、軽々と跳躍して距離を詰める。
「どうして!? 痛い目に遭いたくないでしょ!?」
「そ、それはそうですがぁ……ぼ、僕の仕事はっ……侵入者である貴方を処分する事っ、です……!」
振られた斧を防ぎ、今度はオクトーバーから攻める。華奢な体躯に似合わない槍を握り締め、決意の宿った瞳でルフトを見据えるが、その視線にルフトは笑みを浮かべるだけだった。
「ふへへっ怒った顔も可愛い!! じゃあまずは足かな!? 動けなくすればあとは持って帰るだけだもんね!」
子供のような無邪気な笑顔で物騒な事を口にするルフト。それからは重点的にオクトーバーの足を狙うようになった。
刃が研ぎ澄まされた斧が、陶器のような白い肌に吸い寄せられる度、オクトーバーは躱し、槍で防ぐ。
「──あ、やっぱこっちにしよ」
ふとルフトが斧を持ち替え、振り下ろした姿勢のまま斧を振り上げた。その一瞬の動作に追い付けずに、オクトーバーの右肘から先が宙を舞った。
「い"っ……!?」
「あぁもう肩口から綺麗に切断したかったのに〜」
振り上げた斧をまた持ち替え、今度はオクトーバーの左腕目掛けて振り下ろす。その寸前で危機を察知出来たオクトーバーが、後退する。が、急に失われた腕の重さは大きかったらしく、上手く着地出来ずに屋根の上を転がってしまう。
「…………痛い……」
「ねぇねぇオクトーバー。大人しく着いて来てくれない? 失血死して欲しくないしさ。今なら止血剤も持ってるし、オイラが君をそれ以上傷つける必要もないからさ」
「こ……こ、とわります……」
「じゃあ足かな」
ダンッ、と音を立てて、左足が切断される。
「いっっ、あぁぁぁぁぁあああっ!!!?」
痛みに堪えきれずに絶叫するオクトーバーの声が、辺りに響き渡る。その声をうっとりとした表情で堪能していたルフトは、暫くしてから斧を振り上げた。
「そんじゃ、ちょっとの間気絶しててね。追っ手が来たら面倒だから」
ガッ、と斧の柄頭で地に伏しているオクトーバーの後頭部を殴り付ける。それまで痛みに悶え、絶叫していたオクトーバーの声がピタリと止み、痛みに身を捩る事もなくなった。
「ふひっ、えへへぇへへっ、ふはは、あはっあははっあははははっ!! やった…………やったよ、クノッヘン……お兄様が出来るよ…………これで……オイラだけのお人形さんになって……くれるんだねぇ…………嬉しいよ……オクトーバー……」
悦びに耽るルフトは、オクトーバーは抱えるべく彼の腰に手を回した。
その瞬間、ルフトの首が跳んだ。