第51話
ユーリから事の惨状を聞かされたディツェンバーは、即座に指示を下す。
傍にいた十勇士には既に指示を出していたので、他の使用人達に避難を呼びかけるように。
ゼプテンバールはディツェンバーの護衛という事もあり、刀を手にかけたまま部屋にいたのだが。
そして近くを通り掛かった宝物官、キュステとシュテルンを呼び止める。
「キュステ、シュテルン!」
「はい!」
「魔王様! ここは危険です、避難しないと!」
「…………僕はここにいる。主犯と話をしなければならないからね」
避難するように促したシュテルンに、首を横に振るディツェンバー。そんな、と説得を続けようとするシュテルンに、
「君達はゼプテンバールを連れて人間界へ行きなさい」
と、口にした。
「!?」
主の指示に、ゼプテンバールも驚きを隠せなかった。今際の際に人間界へ何の用があるのだろうか。
「この反乱、主犯は間違いなくアルターだ」
「あ、アルターがそんな事……」
「アイツはする男だ。それに……違ったとしても彼はここに訪れるさ……」
そこはやはり、血を分けた兄弟なのだろうか。ディツェンバーにしか分からない、アルターの"何か"を感じ取っているのかもしれない。
「君達は人間界に行って……誰でもいい。僕達の事が見える誰かにこう伝えて。『急ぎ魔物に対する対策を練るように』と」
無茶苦茶な命令な気もするが、確かに今の内に手を打たねばならない。
万が一、ディツェンバーが殺されるような事があれば、この先無断で人間界へ渡る魔物は増えるかもしれない。
そうなれば人間界は魔物による虐殺が増える事となってしまうだろう。
最悪、人間界と魔界とで戦争が巻き起こるかもしれない。それだけは、絶対にあってはならない。
「…………承知致しました」
「キュステ……!」
真っ先に承諾したのはキュステだった。ゼプテンバールもそれに頷きを返す。
「分かった。ディツェンバー様の意思に従うよ」
「ゼプテンバール君まで……」
まだ決意が固まらないらしいシュテルンの肩を掴み、ディツェンバーはにっこりと微笑む。
「シュテルン。僕はあまり……命令したくないんだ。お願いの内に……聞いてくれないかい?」
「っ…………」
ゼプテンバールもキュステも、勿論シュテルンも。ディツェンバーの人柄は知っている。威圧的なオーラを出す事だってあるが、根本的には心優しい、慈愛に満ち溢れた人なのだ。
そんな彼の意に沿わない事は、シュテルンだってしたくなかった。ので……
「…………承知、致しました……」
頷くしか、なかった。
それを見たディツェンバーは「ごめんね」とシュテルンの頭を撫でる。
「任せたよ」
その言葉に一度だけ強く頷いて、ゼプテンバール達は人間界へと通じる門がある地下室へと向かった。
「…………さて、出ておいで。アルター」
外から聞こえてくる獣の咆哮に金属音。それらに耳を傾けながら、ディツェンバーは弟の名を呼んだ。
アルターは、ただ平然とその場に現れた。
「お元気ですか、兄上」
アルターの挨拶を遮って、ディツェンバーは魔弾を放った。それを躱したアルターがにやりと笑む。
「ふっ、随分とお怒りのご様子で」
「もういい口を開くな。理由を話さないのであれば殺すだけだ」
「…………くくっ、ふっ、くくくくっ……」
「…………」
続けて魔弾を放とうとしたディツェンバーに、アルターはある言葉を投げた。
「もうこの城は堕ちたも同然なんですよ、兄上」
「…………? …………!!」
一瞬、アルターの言っている意味が分からなかった。しかしそれを悟った時、ディツェンバーに押し寄せたのは焦りと後悔だった。
十勇士を分散させたのは間違いであった、と。
「あは、あははははっ!! 焦っていますか兄上! そうですよねぇ……貴方の采配ミスで、大切な部下達が死ぬんですから!! あはははっ、とてもとても無様!! 滑稽ですよ兄上!!」
「貴様っ!!」
怒りを露わにして魔弾を放つディツェンバー。そんな彼を愉快そうに見つめながら、アルターもまた魔弾を放った。
風圧で書類が舞い、弾かれた魔弾が天井を、壁を、床を、家具を破壊していく。それでも双方攻撃を止めなかった。
魔弾を放っていた方とは反対の手で、ディツェンバーは刀を構える。それとほぼ同時に、アルターも剣を構えた。
「「殺すっ…………!!!!」」
片方は怒りで目を細めて。
片方は愉快そうに目を細めて。
向けられた殺意に怯む事なく、二人は駆け出した。