第48話
ベヴェルクトとルフトとの交渉を済ませたアルターは、身嗜みを整えてとある場所へと足を運んだ。勿論、フリューリング達に悟られないように気を配って。
ディツェンバーを失脚させる為に必要な事。それは反乱軍となる人員の確保だ。四人の使用人達は初めから信用していないので数には入らないのだが。
ベヴェルクトとルフトも、ただの利己的な犯罪者ではない。十勇士のメンバーにも劣らない確かな実力を持っている魔物だ。
裏ルートを探れば十勇士に恨みがある者や、目的の為に接近しようとしている者の情報は腐る程あった。
その者達と接触を図り、最終的には反乱軍として列を成す。
数は勿論の事、十勇士と渡り合える実力を持つ魔物は、アルターの知る限りあと四人。
本日はその四名と交渉するつもりだ。
寂れた廃墟にアルターが姿を現すと、先に到着していたらしい三人の魔物が現れた。
一人目は腰まである金髪を一つに纏めた女性。淡い灰色のスカーフを巻いており、赤黒いコートを着用している。
二人目は撫子色の髪をした女性。服の下から垣間見える拘束具らしきベルトが妙に目に焼き付く。首元に装着されている首輪も中々のインパクトを放っている。
そして最後は赤い髪をした男性だった。すらりとした高身長に、貴族なのか質の良い衣服を纏っている。男性にしては睫毛も長く、目立った風貌であった。
アルターが呼んだのはその三人だけだ。あと一人はこの後直々に赴く予定をしている。
三人の顔を見渡してから、アルターは口を開いた。
「俺の名はアルター。現魔王、ディツェンバーの弟だ」
「へぇ。聞いたことないねぇ……キャハハッ」
「ん〜若干顔が似てる? ナーちゃんには分かんないケドね」
「そんで? そんな高貴な御方が何の用だよ」
「ふっ、魔獣使いゾンネ。戦闘狂ナトゥーア。上流貴族アーベント。まずはこの場に来てくれた事への謝辞でも述べた方がいいか?」
順に名を呼ばれ、集められた三人はピタリと動きを止めた。
金髪の女性がゾンネ。
撫子色の髪の女性がナトゥーア。
赤い髪の男性がアーベントだ。
「そんなコトより用件聞きたいなぁ〜。ナーちゃん娘置いてきちゃってるから」
この拘束具らしきベルトと首輪を着用したナトゥーアには娘がいるらしい。それはそれとして驚きだったが、アルターはあえて触れずに話を続けた。
旨は先程同様だ。自身の目的と、それに対する対価。元より戦闘が好きなゾンネとナトゥーアは即答で了承してくれたが、アーベントは一笑するだけだった。
「阿呆らしいな。オレは一応上流貴族で、現魔王に仕える家系でもあるんだ。冗談は控えて欲しいもんだぜ」
「あらあら勿体ないわね。キャハッ」
「殺戮楽しいよ〜子育てよりも楽で楽しいわぁ〜」
「子育てに集中しろ馬鹿者め」
ナトゥーアに喝を入れてから、アーベントはその場を去ろうと踵を返した。だがその肩を即座に掴み、アルターは彼の耳元で囁く。
「いいのか? お前が恨みを持つアイツに一泡吹かせるチャンスだぞ?」
「…………」
アーベントの事情もまたリサーチ済みだ。彼を利用する為に、アルターは容赦なく畳み掛ける。
「可哀想にな……アイツに負けたせいで妻から愛想を尽かされそうになっているのだろう……?」
「…………」
「どうだ? 俺が魔王になれば、貴様を直属の部下として置いてやる事も可能だ。そうすれば、貴様の妻も惚れ直す事だろうな……貴様の息子もまた、尊敬の眼差しを向けてくれるかもしれないなぁ?」
その囁きに、アーベントの心は揺らいだ。
──アーベントは以前、魔王主催の剣の大会に参加した事がある。名の通った剣士でもあった彼の一人勝ちに思えた。
しかしそれは一人のヴェルメ族の少年によって崩されてしまったのだ。
大会に敗退するだけでなく、それまで円満だった夫婦関係に亀裂が入る事となる。
何かにかこつけてアーベントを見下す妻をもう一度見直させてやりたい。
彼のそんな想いを、アルターは知っていた。
「全ての元凶であるアイツを殺してしまえば……少しは気分が晴れるだろう。そしてディツェンバー失脚の道に確実に近付く事となる。どうだ? 利点の方が多いと思うが?」
「………………」
「あらあらまぁまぁ。アーベント様はナーちゃんと同じだったのねぇ? 子供の為にも一肌脱ぎましょうよ」
迷うアーベントに、ナトゥーアが追い討ちをかける。そして──
「奥さんの為に、子供さんの為に、そして自分の為に……楽になっていいと思うけれど」
その一言に、アーベントは考える事を放棄した。悪魔の囁きに従ってしまったのだ。
「……そう、だな…………全て……全てアイツのせいなんだ…………」
「ひゅぅ怖い怖い。キャハハッ。それで弟様? アタシ達は何をすればいいの?」
それまで黙っていたゾンネが首を傾げる。そんな彼女にアルターは笑みを浮かべながら言った。
「決行は来週。魔王ディツェンバーに十勇士、及び城にいる全員……始末しろ」