第4話
「よく気がついたね。その若さで中々の観察眼を持っている……僕の目は間違っていなかったようだね」
にっこりと笑って、ディツェンバーはそう言った。形式的なものではない、心からの賛辞に聞こえた。
「も……勿体ないお言葉です……」
「さて、フェブルアール、マイ、アウグスト。付き合わせて悪かったね」
「いえ。貴方様の忠実なる下僕として当然の事で御座います」
更に深く頭を下げて、アウグストは述べた。
それを聞くなりディツェンバーは立ち上がり、階段を降り始める。
「僕が君達をここに集めた理由を述べよう。まず初めに、ヤヌアール」
名を呼ばれた彼女は一瞬肩を揺らして返事をする。
「立ちなさい」
「はっ!」
一度深く頭を下げてから即座に立ち上がる。どうやら一人一人顔を見て話すつもりらしい。
「魔王軍期待の新人。君はそう言われているね」
「僭越ながら。そのように」
「君の勇士は聞いている。そして……現魔王軍軍隊長が直々に、君を新たな軍隊長として推薦した」
「!」
「……フェブルアール」
「はい」
ヤヌアールにはそれ以上旨を伝えず、今度はフェブルアールに視線を向けた。それを受けて彼女も静かに立ち上がる。
「事前の呼び出しに応じてくれてありがとう。改めて、君を外交官に任命したい」
「……まぁ……!」
「メルツ」
「はい」
メルツが立ち上がる。フェブルアールの横に並んでいるので、その身長差が明らかになった。
メルツの身長は目測でも160後半だが、フェブルアールはそんなメルツの胸の下位の高さしかない。
「萬屋を営む君を宰相として迎えたい。君の経験は貴重なものだろうから、僕の傍でその力を存分に奮って欲しいと思っている」
アプリル、とメルツの返事を聞かずに視線を移していくディツェンバー。返事は最後にまとめて聞くらしい。それを感じとったのはゼプテンバールだけではなかった。
「魔術学に関して、君以上に優れている者はいないだろう。見解を深めて、更にこの世に貢献して欲しい」
「……悪く、ないですかねぇ〜」
何かと嫌味な言い回しをするアプリルだが、この時だけは回りくどい言い方をしなかった。
やはり学を修める者としては嬉しい所があるのだろうか。
「マイ。君には沢山苦労をかけているね。君の想いは知っているつもりだ」
「勿体無きお言葉です」
「ユーニ。彼はテロリストの主犯という肩書きを演じながら、僕の執事として働いてくれている。そんな彼を……助けてあげて欲しい」
「……あはっ!」
どういう笑いなのだろうか。
それはさておき、マイはテロリスト集団の主犯だと伺っていたがどうやら違うらしい。ゼプテンバールが思うに、恐らくディツェンバーに命じられて諜報員として動いている筈だ。
「ユーリ」
「はい……」
「実は、僕は君のファンなんだ。活動の場を設けると約束しよう。君の歌で、皆を喜ばせて欲しい」
魔界きっての歌姫、ユーリ。彼女の事はゼプテンバールも知っている。
高身長で抜群のスタイルを誇る体躯。見る者を魅了するその美貌。そして透き通りながらも芯のある美声。
歌姫として生を受けたような彼女の存在を身近に置くとは……魔王とはそんな事まで可能なのか、と少し感心した。
「アウグスト。魔物を蘇らせる研究が成功したと聞いた。大変喜ばしい事だ。望まぬ死程悲しいものは無いからね」
「その通りで御座います」
「学者として、更に研究を進めて欲しい」
アウグストは肯定を伝えるかのように、真っ直ぐに視線をディツェンバーに向けた。
だがディツェンバーはその視線に頷きを返すだけで、何かを言う事はない。
「ゼプテンバール」
「はっ、はい……!」
「君の事は剣の大会で知ったよ。歴代最年少でその功績を収めた君を讃えよう」
「あ、ありがとうございます……」
「君の持っている力を、僕の前で奮ってくれるね」
疑問形ではない。ほぼ命令に近いそれが頭の中に響く。生唾を飲み込んでいると、ディツェンバーの視線が最後の一人に移った。
「オクトーバー」
「は、ひゃい!」
「ふふっ、緊張しなくても大丈夫だよ。アプリル、アウグストと共に魔術の研究、学びを深めて欲しい」
返事をする時に噛んでしまった事が恥ずかしかったのか、耳まで赤くして唇を噤んでしまっている。
呼び出された全員の顔を改めて見渡して、ディツェンバーは一息ついた。
「ここにいる皆を、僕自らが選んだ。僕の意思でだ。これだけは先に言っておこう。僕を拒んだからといって、首と胴が離れる事はない。ここからは君達の意思だ」
問おう、と真っ直ぐにゼプテンバール達を見下ろす。エメラルドのような美しい緑の瞳に捉えられ、一瞬怯んでしまう。
だがどこか優しさを感じる。温かい、心安らぐような……。
「僕の忠実なる下僕となり、生涯を捧げると誓える者は……行動で示しなさい」
その為に立ち上がらせたのだろうか。
想いは、沢山ある。
疑問、驚愕、緊張、不安、動揺。
心の中に渦巻く負の感情は、確かに存在している。けれど気が付けば──その場に跪いていた。
(そこに僕の意思はあるのかな……)
だが同時に好奇心もある。跪いたという事は恐らく、ゼプテンバールがそうしたいと思ったから。負の感情を打ち消す程の期待と、ディツェンバーから放たれる心地よい圧。
見下ろされても不快に思わない、それが率直な感想だ。
それは、他の者達も同じだった。
ヤヌアールも、フェブルアールも、メルツも、アプリルも、マイも、ユーニも、ユーリも、アウグストも、オクトーバーも。
改めて片膝をついて、頭を垂れた。
「「「貴方様の御心のままに」」」
この日、この時、この瞬間。
ゼプテンバール達は、魔王ディツェンバーの直属の配下となった。
後に彼等は魔界全土でこう呼ばれる事となる。
『十勇士』と。