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ZEHN HELDEN ─魔界の十勇士─  作者: 京町ミヤ
第1部
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番外(1)

それは十勇士ゼン・ヘルデンが結成される数年程前の出来事。


とある貴族の娘として生を受けたメーアは、ずば抜けた美貌を持っていた。

誰もが称賛する容姿を持ち合わせた彼女は、


「お断りします、お母様」


と、凛とした声を部屋の中に響かせた。申し訳なさそうにするでもなく、淡々と述べた娘の態度に溜息をつきながら母は言う。


「これで何人目だと思っているのですか。貴女はお見合いをなんだと──」


「私は今の方と結婚する気は御座いません」


「メーア! まさか……まだあんな我儘(・・・・・)を言うんじゃないでしょうね!?」


母の言う我儘とは、『普通の民衆のように暮らしたい』というもの。

貴族──それも何十人から婚姻を申し込まれているメーアに、そのような我儘を突き通せる筈もないのだが、彼女は頑なに譲らなかった。


その理由というのも……


「私も、家の為に結婚する事は構いません。ですが……誰も彼も"私"を見て下さらないじゃないですか。あの方々が望んでいるのは、言いなりになる都合の良い娘ではありませんか。誰かのお飾りになるのは御免です」


優れた容姿ゆえに、内面を知ろうとしてくれない事への苛立ちからだった。


「そうだとしてもです。辛いとは思いますが、必ず良い関係になれる筈よ」


「憶測で話をしないで下さい。私の我儘の件を抜きにしても、私は今回の縁談を受ける気は毛頭ありません」


「………………はぁ……。分かりました」


諦めたような溜め息に一瞬安堵する。


「ですが、次が最後ですからね」


「はい?」


「次のお相手も断るというのであれば……問答無用で此方が決めた殿方と結婚して頂きます」


「なっ!」


「今まで貴女の意見を尊重してきたのだから当然です。それでは、よく考えておくように」


そう言って去っていく母の背を呆然と見つめた後、メーアは紅茶を飲み干した。


メーアとて、両親を悩ませたい訳ではないのだ。ただ、外面ばかりを見られるのは苦しい。それに気が付いて欲しい。


貴族の家柄に生まれた限り、望まない結婚も覚悟していた。それでもやはり、希望を捨てられなかったのだ。


(最後の殿方が……私の内面を見て下さるといいけれど……)


そんな小さな望みを抱きながら、メーアは溜め息をついたのだった。








※※※※※






一週間後。

メーアが決断権を持つ最後のお見合いとして、彼女は屋敷のダイニングルームで縁談相手を待っていた。


程なくして、その人は現れた。


暗い青色の長い髪を三つ編みに纏めた男性。若草色の瞳に淀みはなく、真っ直ぐな眼差しでメーアを見つめた。


「初めまして。アウグストと申します」


「メーアです。初めまして」


そう挨拶を済ませてお見合いは始まったのだが……開始数秒後にメーアは戸惑いを覚えた。

一向に会話が生まれないのである。


メーアが知る限り、こういった場では男性側が話しを切り出してくれるものだと思っていた。此方が何も言わずとも、相手が自慢話や世間話をしてくれるケースばかりであったから。


しかしアウグストという男は口を開く気配がない。たまにメーアに視線を送るが、すぐに逸らしてしまう。


彼の挙動に疑問を抱いていると、紅茶を口に運んでいた彼が突如噎せた。


「あつっ!!」


「だ、大丈夫ですか!?」


慌てて席から立ち上がり、彼の元へ駆け寄る。幸いか紅茶を零した形跡もなく、火傷もしていない様子だった。


「す、すみません……近くで見ると、本当に綺麗で……緊張しちゃって……」


「…………そうですか……ありがとうございます……。大事ないようで安心しました」


褒められて悪い気はしないが、素直に喜べなかった。彼もやはり、外面しか見てないのだろうか。そう考えると気が重い。


「お優しいんですね……ありがとうございます」


「えっ……?」


「心配して下さってありがとうございます」


再度礼を言われて、メーアは生返事をする事しか出来なかった。邪気のない笑みもそうだが、"優しい"と言われたのは初めての事で、どう反応していいのか分からなかった。


席に戻ると緊張が緩んだのか、アウグストが話し掛けてくれる。


「メーア様は趣味などありますか?」


「趣味……。……刺繍をよく……」


「刺繍ですか……! 俺は細やかな作業が苦手なので尊敬します! よろしければ見せて頂けないでしょうか……?」


「…………も、勿論です……!」


初めてだった。自分の趣味でやって来た刺繍を見たいと言ってくれた人は。それがとても嬉しくて……メーアは思わず頬を綻ばせた。









共に昼食を食べた後は、庭園を散歩する事となった。メーアとしては、いつもなら食事を終えてお見合いは終了だったので、この後どうすればよいのか分からない。


もう少しアウグストと話をしていたい。


そう思ったものの、やはりどこか決断しかねていた。


もしかすると本当は私に興味なんてなくて、私をその気にさせる為に言われた言葉なのではないか。


そんなマイナスな考えがどうしても過ぎってしまう。そんな事はないと思いたいが、メーアとしては初めての事に対応に困っていた。


(そうだ……あの事(・・・)を話してみれば……)


『普通の民衆のように暮らしたい』


普通の貴族であれば不可能なメーアの我儘に対してどのような返答をするか。その反応である程度は測れるかもしれない。


一人頷いて、庭園に咲き乱れる花を見つめていたアウグストに話し掛ける。


「アウグスト様、一つ宜しいでしょうか」


「は、はい……なんでしょう?」


「……私には、かねてよりやってみたい事があります」


「やってみたい事、ですか?」


「はい。私、民衆のような暮らしをしてみたいのです」


その言葉に、アウグストは一瞬目を見開いた。しかし何かを言うでもなかったので、構わずにメーアは続ける。


「素晴らしいとは思いませんか? 夫婦、支え合って生きているのですよ……。一般的には、妻が家での仕事をし、夫が稼ぎに出るそうです」


「ふむ。俺の職場でも、そのような方はいますね」


「自分達の手で暮らしを作る。そんな経験、貴族のままでは出来ませんもの。何もかも捨てて、そんな生活をしてみたい……」


「……成程……」


ここまで真剣に聞いてくれた事に驚きを感じつつ、メーアは


「両親からは我儘だと言われました。私もそう思います。先程アウグスト様は私の事を『優しい』と言って下さいました。ですが……本当は、そんな叶いもしない我儘を抱いている低俗な女なんですよ」


「…………それは、違うと思います」


一変して、力強く彼は言った。


「メーアさんの抱いている想いは低俗でも……そもそも我儘でもありませんよ」


「…………」


「夢、じゃないですかね……。メーアさんは、貴族ではない暮らしをしてみたい。そんな素敵な夢を持たれているのですよ。胸を張っていいんです。俺はそんな貴女の夢を応援したい。そう思わせられる程、貴女の夢は貴いものなんですよ」


そうはっきりと言われて、メーアはいよいよ逃れられなかった。


(あぁ……この人は……本当に違うのかもしれない……)


自分の我儘を夢だと訂正し、それを受け止めてくれた。そして応援したい、とまで言ってくれたのだ。そんな彼を疑う事など出来なかった。


「…………ありがとうございます……。ごめんなさい、少し嘘をつきました……」


「えっ?」


「私、貴族として生まれてきた事を誇りに思っています。ですから、貴族としての暮らしを捨てたいとは思っていません。騙してすみません……」


「…………いいえ。貴女の事を知れて良かった。話してくれてありがとうございます」


優しく微笑みかけてくれるアウグストを見て、メーアの思いは固まった。


(この方ならきっと……私の事を見て下さる……)


彼となら結婚してもいいかもしれない。断る理由はないのだから。最後の最後に良縁に恵まれた事に感謝しながら、メーアもまた微笑んだ。

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