第45話
メーアに伝言を伝えた後、三人は夕食を済ませて夜道を歩いていた。人の通りの少ない、ゼプテンバールの家がある住宅街を。
夕方頃になると真っ暗になる魔界の空。いくら街灯があるとはいえ、十二の少年を一人で歩かせる訳にはいかない、とメルツとマイが送ってくれているのだ。
道すがら、ゼプテンバールは適当に話題を振る為にある質問を口にした。
「……二人はさ、どうしてディツェンバー様の元で働こうって思ったの?」
特に意味の無い質問だったのだが、メルツはピタリと動きを止めて黙り込んでしまった。その様子を不審に思っていると、固まっていたメルツがおもむろに口を開いたので聞き手に回る。
「……行ってみたかったんだ……」
「……どこに?」
「人間界」
驚いた。まさかメルツの口からそんな単語が出てくるなんて。それはマイも同様だったらしく、何度か目を瞬いていた。
「その為には金が必要だろ。金の為だよ」
それで以前は萬屋をやっていたのだろうか。妙に納得したようなしてないような……。曖昧に返事をしていると、メルツは続けて
「気になるじゃんよ。人間がどんな生活してんのか」
と、理由を教えてくれる。
確かに言われてみれば気になるかもしれない。
ゼプテンバールも本で読んだ知識しかないので曖昧だが、人間界の空は水色らしい。それ所かオレンジになったり今のように黒くなったりと。
「いいかもね。僕も気になる」
「ゼプテンバール君に同意です。ですが、中々厳しいそうですよね」
規定の審査に合格しなければならない、と聞いた事がある。魔界でも正式に人間界へと渡る事が許可された人数は十にも満たないと聞く。
そんな厳しい審査が待っているというのに、メルツは軽く一笑して見せた。
「絶対行くんだ。俺様の夢でもあるからな」
その笑みは、ゼプテンバールとマイが見た事のないものだった。純粋な嬉々とした笑み。
それに釣られて笑ったマイは
「じゃあ僕もその夢、目指しましょうかね」
と言い放った。
「えぇっ本気なのマイ!?」
「本気ですよ。楽しそうじゃないですか。それに、メルツさん一人で人間界へ行かせると何しでかすか分かりませんし」
「殴られてぇかテメェ」
冗談目化して言ったマイに、若干の怒りを露わにするメルツ。それに構わずにマイはゼプテンバールに視線を向けた。
「ゼプテンバール君はどうしますか?」
「ぼ、僕も!?」
「えぇ。三人で行ってみませんか?」
「…………」
欲を言えば、行ってみたい。
知らない世界に、本でしか読んだ事のない場所へ。それも仲間と一緒ならどんなに楽しいだろうか。
気が付けばゼプテンバールは頷いていた。
「行きたい……! メルツと、マイと、……人間界に行ってみたい!」
「……そうかよ」
素っ気なく返事をするメルツの頬は若干赤い。メルツもまた嬉しいのだろう。
「それじゃあ、約束ですね」
「お金足りるかな……あと審査も……」
「足りねぇ分は補えばいいんだよ。俺様達なら大丈夫さ……多分な」
「……そう、かもね……!」
気が付けばゼプテンバールの家に到着していたので、鍵を開けて扉を開ける。部屋に入る直前で、ゼプテンバールはメルツ達を振り返って
「絶対……、絶対に行こうね!!」
と、確認した。
「おう!」「はい!」
それに返事をしてくれるメルツとマイ。
また新たに一つ目標が生まれた。
──主であるディツェンバーに忠義を示す為。
──アウグストの願いを受け止める為。
──仲間であり友人である二人と人間界へ行くという夢を叶える為。
ゼプテンバールは前を向いて、進み続ける。
その道を阻む障壁に、気付く事なく。
第1部─完─