第41話
「ゼプテンバール君」
ふと、マイに名を呼ばれた。
「何?」
「君は後悔しているでしょう」
「……そりゃ……勿論……」
一番近くにいたのに、何も出来なかった。
アルターを止める事も、アウグストを庇う事も。
声を上げることすら出来なかった自分が、情けなくて、悔しくて。
後悔した所で時間は戻らない。
それを分かっていたからこそ、ゼプテンバールには辛い事実として心の奥に張り付いていた。
「僕もです。……いえ、皆、です」
「……そりゃ……うん」
「アウグストさんが亡くなって、悔しくて、悲しくて、辛いのは……僕達も同じです。だって彼は……大切な仲間でしたから」
眼鏡の奥に見える緑色の瞳が、悲しげに伏せられる。彼の言葉に耳を傾けていたメルツも、無言で珈琲を口に運んでいた。
「でも僕は……それを口にしたくありません。彼の死を嘆く事は……彼の望みに反します」
「…………」
「彼が魔石となった魔物を蘇らせる研究をしていた理由を、御存知ですか?」
マイの質問に首を横に振る。
「彼の奥様の御両親が……強盗に殺されたそうなんです。酷く悲しんだ奥様を見たくない、と……研究に励んだそうですよ」
「…………そうなんだ……」
「それでもアウグストさんは、それをしなかった。するべきではないと判断したのです。それはきっと……御両親を亡くして悲しんでいた奥様が……アウグストさんと手を取って歩めていたからです」
アウグストの妻の悲しみは、ゼプテンバールの想像に及ばないかもしれない。が、妻の事を話すアウグストは……とても幸せそうだった。
「…………」
「大切な人が死んでも、周りの誰かが支えてくれる。そうして乗り越える事が出来る。それが……研究に勤しみ、達成し、封印する事を選んだ彼の答えです」
ゼプテンバールは俯くしか出来なかった。その頭をマイが優しく撫でてくれる。
「僕達は、仲間を亡くした悲しみを知っています。そして、その悲しみを分かち合い、前へと進めるのも……他でもない僕達自身なんですよ……」
「…………」
「共に進みましょう? 彼の為に……」
「…………うん……」
つぅ、と雫が頬を伝った。
長い髪に隠れて見えていない事を祈って、ゼプテンバールは眉根を寄せた。
これ以上、情けない姿を見せない為に。
カフェで朝食を済ませた後、通りにある服屋へと赴いた。メルツ曰く、気分転換もそうだが、何より自身の服を買いたいそう。
もしかしなくとも自分は荷物持ちなのでは、という予感を抱きつつも、大人しくメルツの後ろを着いていく。
「メルツさんはどのようなお召し物を御所望ですか?」
「分かんね。ロリ婆に『今度の女子会、テーマは清楚系だから〜! メルツちゃんも可愛いお洋服着てきてねぇ〜!』って言われてよ……」
途中、少しも似ていないフェブルアールの物真似が入った気がするが、あえてスルーするゼプテンバールとマイ。
とはいえ女子のファッションなど知る由もない二人は、いまいち理解が出来ないままでいた。
「マイは恋人とかいないの?」
ふと、そんな質問が頭に浮かんだので問いかけてみる。マイはかなりの美青年の枠に入るだろうし、少なくともゼプテンバールよりかは女子のファッションに詳しいかと思われた。
が。
「生きてきた中でそのような存在はいませんでしたね……」
ふっ、と目を細めるマイ。なんだか聞いてはいけない事を聞いてしまった気分だ。
「な、なんかごめん……イケメンだから取っかえ引っ変え遊んでるのかと思ってた」
「何気失礼ですね」
「あ、じゃあメルツは? いた事ある?」
これ以上マイに話を振るのもなんだから、とゼプテンバールはメルツに視線を向けた。
「故郷の方とかでさ。親しい人とか──」
「んなのいねぇよ」
即答だった。ゼプテンバールの質問を途中で遮って、メルツは忌々しげに答えた。
「そ、そっか……」
深く介入するな、と言いたげな様子のメルツに、マイは無言でその背中を見つめていた。
と、すぐに
「ゼプテンバール君、あそこのベンチで待っていて頂けますか? 少しメルツさんを口説きますので」
「口説っ!?」
「ハァ!?」
突拍子のないマイの発言に目を丸くするゼプテンバールとメルツ。しかしそんな彼らに構わず、マイはメルツの腕を掴んで歩き始めてしまう。
「ほんの数分の間です。いい子で待ってて下さいますね?」
「は、はい…………」
「おいどういう意味だよちゃんと説明しろってのペイント眼鏡!」
「マイです」
メルツが何やら騒いでいるが、マイの力には叶わないらしく連れて行かれてしまった。
(えぇ……何、どういうアレなの……)
何かの比喩なのか、はたまた本当に口説くのか。それはさておいて、ゼプテンバールは言われた通りに近くのベンチに腰掛け、深く息を吐いた。
「──溜め息などついて……何かあったのかね、少年」
ふと、隣にやって来た女性に話し掛けられる。驚いて肩を揺らしながら視線を向ける。
長い金髪をハーフアップに纏めた、黒いリボンを着けた女性。灰色のベストとふんわりとした紺色のスカートを穿いた、美人な顔立ちをしていた。
それに似合わない話し方に、少し違和感があるのだが。
「僕でよければ話を聞こうではないか。何、暇を持て余した女に付き合ってくれるだけでいいのさ」
ウインクしてそう言う彼女に戸惑いつつも、どうしてかその場から離れる気は起こらなかった。