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ZEHN HELDEN ─魔界の十勇士─  作者: 京町ミヤ
第1部
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第40話

その後は、何が起こったのか分からなかった。


部屋の中は説明や掃除で追われてて。


気が付けばアルターは城から姿を消していて。


アウグストの部屋の片付けを済ませて。


ゼプテンバールは実家のベッドの上で寝ていた。


色々と端折りすぎた気もするが、ゼプテンバールにはこれ以外の記憶が無いのだ。


剣の大会の時とはまた違って、記憶に残ってはいるがあまり語りたくはなかった。

そうだ。一週間の休暇を貰っていて、その日になっていたのだ。


仕事をしていた方がまだ良かったのかもしれないが、どうにもやる気が起きない。

アウグストの親族への挨拶はディツェンバー直々に回ったらしいので、心配はしていなかったのだが。


ずるり、とゼプテンバールはベッドから這いずり落ちる。


ゼプテンバール意外に、この家には誰もいないので気にかけてくれる者もいない。


「ご飯……水……トイレも行かなきゃ……」


起き上がるのも面倒だ。自分はこんなにも自堕落だったか。

引きこもりとして過ごしていた時も、家事などはしていたので別段そうは思わなかったのだが、そう思えてしまう程に動けなかった。


「………………」


ごろり、と床に寝転がって天井を見つめる。照明も切りっぱなしなので、部屋全体が薄暗い。


このままもう一度寝てやろうか。

そう思って目を閉じた時だった。


ドンドンドン、と玄関の扉が勢いよく叩かれた。


「ゼープテーンバールくーん!! 朝ですよー!! いるんでしょー!! お顔見してー!!!」


うるせぇ。インターホンを鳴らせ。


「オラァ!! いんのは分かったんだぞ!! 引き摺り回されてぇかテメェ!!」


近所の子供みたいな呼び出しから一転、借金の取り立て屋のような口振りに変化した。


「起きてくれよー!!!!」


そしてインターホンをノンストップで押し続ける。心地良い筈のベルの音に苛立ちを覚えた所で、ゼプテンバールは勢いよく立ち上がって玄関に向かった。


「五月蝿い!!! 近所迷惑!!!」


「やっと出てきた」


声の主はメルツだった。まぁ聞き慣れた声だったので出るまでもなかったのだが、扉を叩かれてインターホンを鳴らされ続けてはいい迷惑だ。加えて声がデカい。


「何の用……って、マイもいるんだ」


メルツの隣に立っていたマイも、軽く会釈する。普段はスーツに身を包んでいる彼だが、今日はベストとコートを身にまとった比較的シンプルな装いだった。


「おはようございます、ゼプテンバール君」


「どうせ暇してんだろ。なら、俺様の買い物に付き合えよ」


「えぇ……今そんな気分じゃないんだけど……」


断ろう、と扉を閉めようとすると、メルツに手首を掴まれて外へと引き摺り出された。


(え、本当に引き摺られたんだけど……)


微かに戸惑いを覚えていると、メルツが腕を組んでゼプテンバールを見下ろした。


「行 く の」


「はい」


メルツの圧に押されて、渋々ゼプテンバールは着いて行く事になった。

寝巻きのままで少し恥ずかしかったが、装いとしては普段と変わらない。


『お空が綺麗』と書かれた白いTシャツに、黒いズボン。普段と何ら変わりはない。


「所でメルツさん。買い物とはどちらに行かれるのですか?」


「カフェと服屋と飲食街と武器屋とケーキ屋とレストラン」


「食べ物多くないですか?」


「馬鹿野郎。朝食食って、買い物行って、昼食食って、買い物行って、土産買って、晩飯。最高のプランじゃねぇか」


「既に胃もたれしそうです」


「なんだと」


メルツとマイは何故か仲がいい。冗談じみたやり取りを良くしているのを耳にしているが、目の前でそれを聞いていると中々愉快である。


何を目指しているのかはさておき、仲がいいのは喜ばしい事だ。


「朝からやってる店は少ねぇからな……行きつけのカフェがあるんで、そこで飯食おうぜ。そこの糞餓鬼は何も口にしてねぇみたいだし」


何故分かったのだろうか。

そんな疑問をよそにメルツは先へと進んでしまう。


が、何かをしていた方が気が紛れるかもしれない。そんな期待を胸に、ゼプテンバールは気持ちを切り替えた。











城の近くにある街並みの一角に、そのカフェはあった。ゼプテンバール達意外に客はおらず、しんとした空気だけが流れる。


しかし常連らしいメルツは、メニューを開く事なく注文を済ませる。


「モーニング三つ。珈琲二つに紅茶一つで頼んだ」


こちらに選択権は無いのだろうか。しかしマイは異論は無いらしく何も言わなかった。

ゼプテンバールはどちらかと言えばメニューに目移りして迷うタイプなので、疑問に思っても不満は表さなかった。


席に着いて早々、メルツが本題を切り出す。


「弟サマは北東の別荘に謹慎という形でいるらしい。部下が四人、フリューリング、ゾンマー、ヘルプスト、ヴィンターが着いて行った」


「大きな処罰も無いそうです。ただ……此方へ戻ってくるのは厳しそうですね」


「信者が最後に残した言葉もあるだろうよ。魔王サマは約束は守る男だし」


『アルターを責めないであげて欲しい』


アウグストがディツェンバーに言った言葉だ。直接聞いたゼプテンバールの耳の奥に、その声が残っている。


「魔王サマが結婚して、子供が生まれたらそれこそこの出来事は闇の中だ。公にはされてねぇしな」


メルツの言う通りだ。

アルターの攻撃がアウグストに当たり、結果逝去した事。この事実は関係者以外に伝えられていない。


それは万が一反乱が起こり、ディツェンバーが逝去した場合に、即座に王の座につけるアルターの存在を知られない為だ。


だから今回の場合『アウグストは不慮の事故により亡くなった』と公言されているのだ。

勿論、彼の妻にもそのように伝えられているだろう。


「……なんか、悪い事してる気分だよ……」


ぽつり、と思わず呟いた言葉に、マイが反応を示す。彼は咎めるでもなく、


「そうかもしれませんね。嘘をつく事は基本的に良くない事ですから。でも、世の中には必要な嘘もあるんですよ」


と、説いた。


「勿論分かってるさ……。でも……それだとアルターは……」


罪を認める事も出来ずにいるアルターはどうなのだろう。そう言いかけて口を噤んでしまった。


存在を隠されているという事は、一番謝罪をしなければならないであろうアウグストの妻にもそれが出来ないという事。


たとえアルター本人にその意思があったとしても、事実を隠されている彼の苦しみは……。


「…………ま、それが弟サマへと罰だろうよ……。命があるだけまだマシさ」


メルツの言葉が重くのしかかる。あの時ディツェンバーの命令を振り切って、彼の元へ向かうべきだったのだろうか。


追い掛けたとして、どんな言葉をかけるつもりだったのだろうか。


後悔と疑問が混ざり合い、ゼプテンバールはしばらくの間、目の前に注文した品が届いていた事にすら気が付けなかった。

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