表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ZEHN HELDEN ─魔界の十勇士─  作者: 京町ミヤ
第1部
40/161

第39話

「魔王様……ゼプテンバール君……」


ふと、アウグストが呼び掛ける。

未だにこの場の空気は張り詰めたものだが、ディツェンバーも殺気を消してアウグストに歩み寄った。


「なんだい?」


「アルター様の事、責めないであげて下さいね」


驚いた。彼に攻撃を受けたアウグストがそれを言うのか、と。

言葉の真意が読み取れずにいると、アウグストが続けた。


「今のは……魔王様も悪いです。彼に、……貴方の代わりとして育てられた彼に……"受けた教育の違い"を説いてはいけませんよ……」


アウグストは分かっていたのだ。アルターが何に苛立ち、失望したのかを。


──第一王子であったディツェンバーは、常に優れた教官に教えを受けた。国民と触れ合う機会も多く、また様々な者達と関わりを持っていた。


反してアルターはディツェンバーの代用品として、いざとなった時対処出来る程の教育しか受けられなかったのだ。

そして他にディツェンバー意外にも魔王になれる存在がいる事を悟られない為に、常に外界との関わりを絶たれてきた。


本で目にするのと、実際に感じるのとでは埋められない大きな差がある。


それを分かっていたからこそ、ディツェンバーはその言葉を口にしたのだ。


今から(・・・)でも(・・)学ぶ機会(・・・・)()与えよう(・・・・)と。


「……彼は……僕と違って外に出る事が少なかったから……。今からでも留学なりするべきだと……」


「ふふっ、それは魔王様の言葉足らずです」


彼の言う通りだ。なお出血が治まらないらしいアウグストは、手当てを施していたメイドに手を止めるように言った。


「折角俺が痛いの我慢して冷静でいたんですから……その言葉は素直に受け取って下さいね……」


「我慢って……お前……」


腹部に穴が空いているのに我慢?

冗談か何か言っているのだろうか。


呆れを通り越して掴みかかってやりたかったが、アウグストがゆっくりと身体を起こしたので、それをぐっと堪えてその身体を支えてやる。


「……一つだけ、お願いがあります。これだけは絶対に守って下さい……」


「先に傷塞いでからにしてよ!! お願いなんていくらでも聞くから!!」


「もう無理でしょうよ……こんな風穴空いて生きていけると思いますか……?」


もう諦めはついている、といったふうに笑ってみせるアウグスト。それが我慢ならなくて、ゼプテンバールは声を荒らげた。


「それでも生きてよ!! お前には……奥さんや息子もいるんだろ!? 僕だって……、僕だってお前が死んだら悲しいよ!! だから最後みたいに言わないでよ!!」


「ゼプテンバール君……。そう言って頂けて嬉しいですよ。……君はやはり、優しい子ですね……」


そう言ってゼプテンバールの頭を撫でてくれる手は、微かに震えている。それに少し、冷たく感じられた。


「お願いというのは、俺の研究……魔物を蘇らせる物について。あれは全部……処分して下さい」


「!?」


アウグストの研究、それは魔石と化した魔物を復活させるという物だ。ゼプテンバール自身、その方法は聞かされていないが、論文として保存はされているだろう。


それを処分しろと、彼は言うのだ。


そしてそれは、魔石となった自分を蘇らせないでくれ、と言っている事と同義。


「……理由を聞かせてくれるかい……?」


「研究しておいてなんですが……あれは発表するべきではありません……。悪用される可能性の方が高い……」


「でも……喜ぶ人だっているよ……」


「それでもです。俺は……俺の研究が悪用されて誰かが不幸になるのを見たくありません……」


彼の声色は、弱々しくも確固としたものだった。仲間内にも方法について話さなかったのは、どこかで迷いがあったからなのだろう。


「…………分かった」


彼の意志を受け取って、聞き入れたディツェンバー。同意の言葉を聞いたアウグストは、嬉しそうに微笑んだ。


その瞬間、彼の身体が黄緑色の靄に包まれ始める。


「メーアさんとヴェッター……妻と息子に……伝言を頼めますか……?」


「うん……なんて言えばいい……?」


「………………愛してる、と。お伝え下さい。そして……魔王様……ゼプテンバール君……楽しかった……。ありがとうございます……」


伸ばされた手を掴む寸前で、アウグストの姿が消えた。床には黄緑色の魔石が落ちていたが、ゼプテンバールの視界は霞む一方でそれを捉える事は出来なかった。


「アウグスト……うっ……」


涙ぐんだゼプテンバールをそっと抱き締めるディツェンバー。それを機に、歯止めが聞かなくなって。


ポロポロと零れ落ちる涙と、仲間の死を悲しむ嗚咽。部屋の中に他の同僚達が入って来たが、お構い無しにゼプテンバールは泣き叫び続けた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ