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ZEHN HELDEN ─魔界の十勇士─  作者: 京町ミヤ
第1部
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第38話

「却下」


空気が重くなるのを感じながら、ゼプテンバールは目を瞬いた。


遡る事数分前。

アルターが紙の束を持ってディツェンバーの部屋を訪れた。


以前ゼプテンバールに話してくれた、軍の制度の見直しの件について、ついに直談判しに来たそう。


その場に居合わせたゼプテンバールとアウグストは固唾を飲んで見守っていた。実を言えば先日の報告に誤りがないのかの確認だったのだが、特に問題はなかったので割愛する。


そして作成したらしい資料を差し出し、解決策や確保する資金等々、事細やかに記載されていた。隣に立つアウグストが興味深そうに頷いていたので、前向きに検討される、と思ったのだが。


ディツェンバーの口から放たれたのはその一言だけだった。


ゼプテンバールは勿論、アウグストとアルターも戸惑った様子で唖然としていた。


「あ、兄上……」


「何度も言うけど、現実味が無さすぎる。軍と言われて危険なものを想定するのは勿論だけど、今は大きな戦争がある訳でもないから、あくまで防衛手段を身につける一環として設定しているんだ。攻撃を専門とする者はヤヌアールのように特殊な訓練を積んでいる」


「そ、それは承知の上で……」


「今の所それに関して不満の声が募っている訳でもないのに、変更する必要があるのかい?」


ディツェンバーの言い分も最もだ。いくらいい案だとしても、不必要な差し替えはかえって混乱を招くだろう。


「…………」


「よって、却下。もっと色んな事に目を向けてはどうなんだい? 部屋に篭ってないでさ」


「…………今、関係ありますか……?」


と、アルターの気配が変わった気がした。それに気が付いていないのか、ディツェンバーは淡々と続ける。


「経験を詰めと言ってるんだ。本を読むばかりじゃ得られない知識もある」


「兄上だって……僕と四つしか変わらないじゃやいですか……」


「四年には大きな差があるよ。ましてや、受けた教育(・・・・・)が違えばね。アウグスト、アルターをそこまで送ってあげて」


「は、はい……!」


アルターの肩は小刻みに震えていて、顔は俯いていたのでその表情は伺えなかったが、悔しい気持ちでいっぱいなのだろう。


だが、それとは違う何かがあった。一抹の不安を覚えつつも、ゼプテンバールが口を挟む余裕はない。


「…………に…………、が……」


「アルター様、そこまで見送ります。それと先程の提案ですが、俺は良いと思──」


「黙れっ!!!!」


雷が落ちたかのような耳の奥に響く爆音と共に、周囲が爆ぜた。


──否、正確にはアルターの放った魔弾がアウグストに当たったのだ。


あまりにも突然の出来事に、誰もその場から動けなかった。アルターもほぼ無意識だったらしく、倒れたアウグストを見て初めて、呆けた声を漏らした。


「…………?」


「ぁ、……ぇ……何……」


「アウグスト!!!」


ディツェンバーが声を荒らげる。彼が大きな声を出したのは初めてではないだろうか。そんな事を呑気に考えながらも、ゼプテンバールも慌ててアウグストに駆け寄った。


「いっててっ……。…………。……大丈夫ですよ……ちょっと痺れただけです」


そんな筈はないだろうと。ゼプテンバールは言いかけたが、上手く声が出せなかった。


アウグストの腹部には、風穴があった。


そこから溢れる血は留まる事なく床を赤く染めていく。感覚が麻痺しているのだろうか。そうでなくては、穏やかに笑みを浮かべる事なんて出来ないだろう。


騒ぎを聞き付けやって来たメイド達が、止血を施し回復魔術を使用出来る者を呼び付ける。

そんな最中、ゼプテンバールはふと寒気を感じた。


心の奥底から、動いてはいけないと思わせられる程に強い殺気。

しかしなんとかそれに抗い、恐る恐るディツェンバーを振り返る。


「………………」


これまでに見た事がない表情だった。

グレッチャーがユーリを返せとやってきた時より、もっと激しい怒りと憎悪がそこにはあった。


「あに……うえ…………ち、がっ……違うんです……っこんな、こんっ……俺は……」


静かにアルターに歩み寄り、ディツェンバーは彼の頬を殴り付けた。あまりの恐怖にゼプテンバールは思わず目を閉じてしまう。


それでもまだ音は止まない。アルターの短い悲鳴もさる事ながら、ディツェンバーの荒くなる呼吸も鮮明に聞こえてしまう。


アウグストの手当に当っているメイド達はそれ所ではないので見向きもしなかったが。否、フリをしているのか。


やがて静けさが戻ったので恐る恐る目を開く。ディツェンバーはアルターの胸ぐらを掴みあげ、低い声色で


「二度と僕の前に顔を見せるな」


と、一言。

その一言に全てが込められていた。


ぱっ、と手を離すと、アルターが力なくその場に膝をつく。彼もまた、虚ろな瞳でディツェンバーを見上げていた。


「処分は追って伝える。部屋に戻りなさい」


「あ、兄上──」


「戻れ」


「お願い、話を──」


「戻れと言っている!!」


ビクッ、と肩を揺らして、アルターは項垂れた。その怒声にはゼプテンバールも驚いてしまう。


「…………は、い……」


ふらふらとした足取りで、アルターは部屋を出て行ってしまう。その背中が姿がなんだか危なっかしくて、思わずゼプテンバールはアルターを追い掛けようと立ち上がる。


「ゼプテンバール。ここにいなさい」


が、ディツェンバーにそう言われてしまう。ゼプテンバールはアルターの背とディツェンバーの顔を交互に見て口を開く。否、開こうとした。


「ここにいなさい」


再度、強く言われてしまう。


ゼプテンバールはアルターの友人だ。理由がなんであれ、今の彼を放っておく事は出来ない。

話を聞いてやらなければいけないと。直感的にそう思った。


──が、ゼプテンバールの主はディツェンバーだ。主である彼が口にした指示には、ゼプテンバール意志関係なく従わなければならない。




例えそれが、友人一人を見捨てる行動となったとしても。




「……はい……」

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