第37話
メルツが不調に陥っているとはつゆ知らず、ゼプテンバールはディツェンバーの言葉を反芻した。
「ヴェルメ族の覚醒について……? どうしてディツェンバー様が……」
「僕の母……前魔王の正妻は……ヴェルメ族だった。つまり、僕にも半分、その血が流れているんだよ」
「じゃ、じゃあ……アルターにも?」
「アルターの母親は僕とは違うから、彼は違うよ。さて、覚醒について話すにあたって、一つ聞きたい事があるんだ」
そう前置きして、ディツェンバーは執務を行う席を離れ、部屋の真ん中にあるソファーに座り直す。ゼプテンバールも向かいに座るように促され、ソファーに腰を下ろした。
「ゼプテンバール。君は……どうなりたい?」
「どうって……どういう事……?」
「言葉の通りだよ。ヤヌアールのように先導する者になりたい? フェブルアールのように場を和ます事を出来る者になりたい? メルツのように色んな事に対応出来るようになりたい?」
「…………」
「十勇士内に限定する事はないよ。第二の武器を持っているキュステや、誰よりも仕事へ熱意を持つシュテルン。はたまた……目的を成そうと励むアルター」
「…………えっと……」
答えようとして口籠ってしまう。ゼプテンバールには今、明確な目標というものがないからだ。
ただ自分に出来る事をやりたい。そういった漠然としたものしかないのだ。
「…………答えを急かしてごめんね。ないならないでいいんだ」
ふふっ、と頬を弛めるディツェンバー。本当は答えを知りたいのだろうか。その表情は少し無理しているように感じられた。
「それによってやり方を変えようと思っていただけ。深く考えなくて大丈夫だよ」
「そう……」
「とまぁそれは置いておいて。覚醒について説明するならただ一つ。その時の強い決意に従うだけさ」
「強い、決意……?」
今まで強い決意をしたかと聞かれれば、確かにぼんやりとしている。強いて言うならばやはり……
(剣の大会の時は……死にたくない、怪我したくないって思ったけど……)
もしやその時の強い決意が、無意識に起こった覚醒というのだろうか。
「ハーフである僕には外見的な変化はないんだけど……アドバイスとしてはこんな感じ。自分でなんとかしなくちゃならないのが辛いけどね」
結局は自分自身の手で道を切り開くしかない。彼がそう言いたいのはゼプテンバールにも伝わった。
「次からは意識してやってみるよ」
「うんうん。その意気だよ。そうだ。明後日から一週間、メルツが休暇をとるらしいんだけど、ゼプテンバールはどうする? 連日仕事続きだし、年頃なんだから遊びに行ってもいいんだよ」
その提案は嬉しいものだった。
前のめりになって「いいの!?」と顔を輝かせる。
「勿論。大きな予定もないから、休みも取れるよ」
「やったー! 久々に買い物とか行こっと!」
今から心を躍らせていては気が持たないのだろうが、それでも遊びたい年頃だ。わくわく、と喜びを顕にしているゼプテンバールを見て、ディツェンバーも微笑んだ。
すぐそこまで、最悪の結末が迫っている事に気付かずに──。
※※※※※※※※※※
「よいしょっ、と」
部屋に持ち込んでいた分厚い本を本棚に戻し終え、アルターは頬を弛ませた。彼の機嫌がいい理由はただ一つ。
兼ねてより進言したかった軍の制度の見直し。その準備がつい先程終えたのだ。
明日、改めて兄の部屋を訪れる事にして、アルターは自室へと戻る。
(これで、望まない死を迎える人が減るのかな……)
自身の提案で幸せになる者が増えたら。
そんな期待を胸にしているが、アルターの中では『尊敬する兄に認められたい』という想いの方が強かった。
側室の娘、第二王子のアルターはディツェンバーの代替。彼がいる間はアルターは不要な存在だった。
しかしそれを強要してきた両親は死に、自身の力で道を開ける可能性が出来た。
ならば、そのチャンスを生かさねばなるまい。
(ゼプテンバール……俺、頑張るから……。兄上も……『良くやった』って褒めてくれるかな……)
期待に胸を膨らませて、アルターはもう一度だけ笑みを浮かべた。