第33話
腰の痛みを感じながら、ゼプテンバールは辺りを見渡した。始めは暗闇に包まれていたが、ゼプテンバールが目を開けると一斉に明かりがついたのだ。
「ここは……地下、なのかな」
もう落下する事に慣れつつある。恐ろしい事だ……。
「うっっっわ怖っ……!」
同様に、立ち上がったシュテルンが顔を蒼白にさせる。彼の言いたい事は分かる。この部屋だ。
温かみのあるライトに照らされてゼプテンバール達を出迎えるかのように飾られた無数の人形。
これがまたリアルなのだ。
ゼプテンバールよりも少し高い位の大きさ。艶感のある肌は真っ白で、髪の毛も毛先まで整えられている。目には宝石が埋められているらしく、光に反射してキラキラと輝きを放っていた。
そして身に纏うドレスもまた美しかった。一体一体、違うドレスを着用している。
カラフルで細やかな装飾が施されているドレスに、シュテルンは目を輝かせた。
「これ……五年前に販売終了したビンテージ物ですよ!」
「そ、そうなのですか……?」
「えぇ! これ、売れば三年は遊んで暮らせます」
「そんなに!?!?」
嘘でしょ……、とドレスを凝視するゼプテンバール。ふと、人形と目が合った。
「────目っ、」
「下がって!!」
突如として、一体の人形が独りでに動き出した。いち早く危険を察知したシュテルンが、ゼプテンバールを押し退けて攻撃を防ぐ。
人形が手にしていたのは、鉈だった。
そして、それが合図だったかのように次々武器を構え動き出す人形達。
咄嗟にゼプテンバールは刀を構え、ユーリを庇うようにして視線を巡らせた。
「シュテルンは戦えるの!?」
「迎撃が限界です!」
やはり戦闘力が圧倒的に低い。ゼプテンバールもヤヌアールに稽古をつけてもらっているが、まだそれらしい成長は見られない。
ましてやどういう条件で動いているのか分からない人形を相手に戦うのは、少し抵抗があった。とはいえ弱音は吐いていられない。
「取り敢えず何体か切り込むよ! ユーリ、出来たらでいいから周りの状況を確認しつつ僕達に知らせて」
「……っ……了解しました……」
何かを言いかけたユーリだったが、直ぐに頷いた。シュテルンが武器である二丁剣銃を構え、同時に駆け出す。
ゼプテンバールはまず近くにいた人形に切りかかる。バキンッ、と音がして、人形の首が地面に落ちる。
しかし人形はまだ動く。振り下ろされた剣を躱すと、後方から迫っていた別の人形の剣先が見えた。
右足を軸にして方向を変え、人形の胸を貫いた──かと思いきや、スレスレの所で躱されてしまった。ビリリッ、とドレスを引き裂く音だけが虚しく耳に残る。
──が、人形の胸には赤色に輝く何かが埋め込まれていた。
(宝石……? いや、魔石だ……!)
魔石は魔物の魂の結晶。それには力の源でもある魔力が宿っているのだ。つまり、
(あれを壊せば……!)
魔石を砕いてしまえば、人形は動きを止めるのではないか。
考察があっているのか確かめる為にゼプテンバールは更に一歩踏み込んで、破けたドレスの隙間から顕になっている魔石に刃を突き刺した。
甲高い音が響いた後、魔石に亀裂が入る。その瞬間から、人形の動きはガタガタと──まるで錆び付いたかのように鈍い動きへと変化した。
そしてパキンッ、と魔石が完全に砕けると、人形はその場に崩れ落ちた。
傷一つ無かった端正な顔に亀裂が生まれる。
「間違いない……シュテルン! 胸にある魔石を破壊して!」
「胸にある魔石!? ……っ…………い、致し方ありません……了解しました!」
魔石は魂の結晶。それを破壊するという事は、死者を愚弄する事と同じ。それはゼプテンバールも重々承知の上だった。
だが、迷いはなかった。
お世辞にもゼプテンバールは強いとは言えないのだから。シュテルンも戦闘は苦手なようなので、どんな手を使ってでも生き延びなければならない。そう思わせられた。
(本当はとても怖いけど……ユーリも守らなくちゃいけない……。絶対に生きて帰らなきゃ……!!)
恐怖を押し殺して果敢に踏み込む。人形達の動きが基本的に遅いので、呼吸を整える余裕があるのが救いだ。
しかし、圧倒的に数が多い。
既に十体以上倒した筈なのに、道が開ける所か視界が全く変わらない。武器を構えた人形達に囲まれたまま、体力を削がれる一方だった。
そして限界を迎え始めた頃、ついにその時は来てしまった。
「やぁああっ!!」
人形の胸にある魔石を砕く────と、破壊されたのは魔石ではなく、ゼプテンバールの刀だった。刀の重みが消え、焦りと動揺が一気に押し寄せる。
目の前にいる人形の魔石を破壊出来なかったので、それはもう武器を振り下ろす寸前で……。
「ゼプテンバールさん!!」
と、シュテルンが駆け付けてゼプテンバールに覆い被さり、発砲する。幸運にも、彼の放った銃弾は人形の魔石を貫通してくれた。
が、それまでの勢いを失い劣勢に追い込まれたゼプテンバール達は、逃れられない事への絶望を抱くしかなかった。
その声が響くまでは。