第2話
道すがら、ゼプテンバールは前を歩くメルツとアウグストに問うた。
「ねぇ。二人はさ、他に集められてた人達の事知ってるの?」
「むしろ知らねぇ方が可笑しいだろ」
ズバッとメルツに切り捨てられ、むっと頬を膨らませたゼプテンバール。苦笑いを浮かべながらアウグストが答えてくれる。
「皆有名人ですからね。勿論君も」
「え、そうなの?」
自身が有名人の自覚が全く無かったゼプテンバールにとって、彼の返答は驚くべきものだった。とはいえゼプテンバールは学校に通う事すら放棄している由緒ある引き込もりだ。
有名になる要素などない筈だ。
「少し前に……剣の大会があったでしょう。君、それに優勝して一躍時の人だったじゃないですか」
「え? あー……うん?」
そんな事あったっけ、と言われて頭を回転させる。少ししてから思い出したのだが、ゼプテンバールにとっては自慢にもならない思い出であった。
「……あれは親に無理矢理出されたやつだもん。怪我しないように必死だっただけだよ」
「それが凄いんですよ。もっと誇りに思ってもいいと思いますよ」
そう言われて少しだけ嬉しい気がした。
ゼプテンバールはそれを表に出さないようにして頷いた。
「そう思う事にしとくよ」
「ハッ。まさか由緒ある魔王サマ主催の剣技の大会の優勝者が、こんな餓鬼だとは誰も思わねぇわな」
嘲るようにして言うメルツを軽く睨んでいると、アウグストは笑みを浮かべた。
「有名なのは君もですよ。メルツ君」
「…………」
それを聞いたメルツは立ち止まり、ゆっくりと振り返った。寄せられていた眉根を更に寄せ、じっとりとした視線をアウグストに向ける。
「金さえ払えばペットの散歩から国の重鎮の暗殺まで請け負う。萬屋じゃありませんか」
「そういうお前は有名な学者サマじゃねぇか。魔石だけの存在になった魔物を復活させる方法を見出した、凄い人なんだろ?」
嘲るでもなく、かといって正面からの賞賛でもなく、メルツはそう言った。
挑発とも取れるメルツの発言に、アウグストはただ微笑んで礼を言うだけであった。
「……じゃあ他の人は?」
「そうですね……魔王軍期待の新人、ヤヌアール。
魔獣狩りのスペシャリスト、フェブルアール。
魔術学の権威、アプリル。
テロリスト集団の主犯格、マイ。
ギャングのボス、ユーニ。
魔界きっての歌姫、ユーリ。
投影魔術の研究者、オクトーバー。
聞いた事のある名はいくつかあると思いますよ」
確かに言われてみれば、有名な名ばかりが揃っている。だからこそ不思議だ。
「魔王様は……僕達を集めて何がしたいんだろう」
「さぁな。だが、テロリストまで呼び出してんだ。只事じゃねぇのは確かだろ」
「じゃあ何で歌姫呼んでんのさ」
「俺様が知るかよ。それより……前から誰か来んぞ」
メルツの言葉に身を引き締める。耳を澄ませれば確かに誰かの靴音が聞こえてくる。
少なくとも二人はいるらしい。
人影が見えるとメルツが太股のポーチへと手を伸ばした。ゼプテンバールはというと特に何もする事なく、アウグストと並び立っていた。
やがてその人影が鮮明に見えてくる。二人と一人、宙に浮いていた。
「む。貴様等は確か……」
「上にいた人達ね」
「……右からマイナス五点、二点、三点、といった所ですかねぇ〜」
グレーの髪を結い上げた高身長の女性、ヤヌアール。
ふわふわと宙に浮いているフェブルアール。
何故かゼプテンバール達を見てなにかの点数を述べたアプリル。
前方から歩いてきたのはその三人だった。
太股のポーチへと手を伸ばしていたメルツは、その姿を見るなり溜め息をついて腕を組んだ。警戒は解いたらしい。
「おい何だその点数は」
「顔面偏差値です。おさげの方がマイナス五点。『非暴力』Tシャツ少年が二点。三つ編みオバケが三点です〜」
アプリルが言い終わると同時に、メルツが目にも止まらぬ早さでナイフを構えた。
「んだとコラもっかい言ってみろ!!!」
「ちょっ、やめなよ!」
アプリルに襲いかかろうとしたメルツを羽交い締めにして、ゼプテンバールはアプリルへと視線を向けた。
「アンタも失礼でしょ! 僕もっと上だよ!!」
「はてさて。今鏡が手元にないので、そのお顔をお見せする事が出来ません」
「嫌味な言い方すんな!!」
「全く……よさないか貴様等!」
ヤヌアールの張り上げた声にびくりと肩を揺らし、その場にいた全員が硬直した。鋭い視線はそのままに、彼女はさっさと指示を出す。
「出口を探すのが先決だ。争うのはもう少し後でも構わないだろう」
「お嬢ちゃんに賛成〜! 無駄な争いは何も生まないわよ」
のほほん、とその場にそぐわない笑顔を浮かべて、フェブルアールは賛同した。それに続いてアウグストも頷いた。
「色々とツッコミたい所はありますが……仕方ありません。先を急ぎましょう」
舌打ちしてナイフを仕舞ったメルツを確認してから、ゼプテンバールは彼の拘束を解いた。
「……っていってもどうするのさ。僕達が来た道は一本道で、向こうには針山があるんだよ?」
「こちらが来た道は二手に別れていた。私達がやってきた道を戻って、もう一つの道へ進んでみよう」
ヤヌアールが歩き始めたので、ゼプテンバール達もそれに続いた。険悪な雰囲気は収まらないので、爆発しないように気を付けて。
同時刻。
早足で廊下を歩くマイ。
スキップしながらマイの後を続くユーニ。
ドレスの裾を摘み上げて優雅に歩くユーリ。
オドオドと肩を震わせながら歩くオクトーバー。
四人は誰一人として口を開く事無く、一本道を歩いていた。
ヤヌアールのように先導する者がいる訳でもなく、フェブルアールのように仲介してくれる者もいない。言ってしまえば協調性の欠けらも無い者達の集まりだ。
だがそんな彼等でも、否が応でも口を開くタイミングがあった。
「おや、あれは……」
「あはははっ! ヤバいやつだな!!」
「まぁ……!」
「なななな何ですかあれぇ!?」
低い唸り声を発しながら躙り寄る魔獣。赤い鬣をもつ獣達は、マイ達の行く手を阻むようにしてそこにいた。
「見て分かる通り魔獣でしょうが……これは亜種でしょうか……。珍しい毛色をしていますね」
「れれれれ冷静に判断している場合ですかぁ!?」
ふむ、と顎に手を添えて分析するマイに、オクトーバーは声を震わせながら彼の身体を揺さぶる。しかしマイは満足気に笑みを浮かべるだけで、涙目になっているオクトーバーを無理矢理引き剥がした。
「泣き言は結構。戦える者で奴等を制圧しましょう」
「あはははっ! オッケーオッケー!!」
「ふえぇぇぇえ!?!?」
一斉に飛び掛る魔獣に向かって真っ先に飛び出したのはユーニだった。ショルダーホルスターから銃を両手に持ち、魔獣達に鉛玉を当ててゆく。
「動きは遅いな!!あははっ!!」
「油断は禁物です。確実に仕留めましょう」
襲い掛かる魔獣を薙刀で一閃しながら、マイは涼し気な表情で口にする。
「はわわわ……二人共お強いですぅ……」
「少年」
声を掛けられ、オクトーバーは大きく肩を揺らした。声を掛けた張本人であるユーリは構わずに、目線を合わせて言った。
「私は前線で戦う事が出来ません。私の事……守って頂けますか?」
「うぅぅっ……」
いくら臆病なオクトーバーでも、女性に潤んだ瞳を向けられてしまっては頷く他ない。内股気味に震える足を肩幅に広げて、弱々しく頷いた。
「わわわ分かりましたぁ……」
グオッ、と近付いてきた魔獣を一突きで仕留めるオクトーバー。感嘆の声を漏らしながらもユーニは更に踏み込んだ。
「あはははっ!! 中々やるね二人共!!」
「世辞は結構。早く片付けますよ」
「りょーかーい!! あははっ!!」
「ひゃ、ひゃいぃぃい……!」
数分後、マイ達の行く手を阻んでいた魔獣達は一匹残らず地に伏した。銃をホルスターに仕舞いながら、ユーニはスキップ混じりに魔獣へと近寄る。
「あわわ危ないですよぅ……」
「大丈夫大丈夫!! ななな!コイツ食える?! 美味いと思う!?」
「腐ったような臭いがするそうなのでオススメはしませんよ」
「ちぇー」
目をキラキラと輝かせていたユーニだが、マイの言葉を聞いて唇を尖らせた。
そんな彼等の傍らでユーリが美しい礼をしてオクトーバーに感謝を述べる。
「少年、ありがとうございました」
「いえいえ! 私は何もしていませんよ……」
「謙遜なさらずとも、貴方の実力は本物ですわ」
ふわり、と微笑んでユーリはオクトーバーの手を取った。細長い指先がオクトーバーの指を絡めとった所で、マイがわざとらしく咳払いをする。
「兎も角進みましょう。出口を探すのが先決です」
「そーだなー!」
「かしこまりました」
「は、はいぃ……!」
マイが一歩、足を踏み出した時だった。
パァンッ、と音がして、その場が静寂に包まれた。