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ZEHN HELDEN ─魔界の十勇士─  作者: 京町ミヤ
第1部
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第27話

「いやぁぁぁぁぁぁ待って待って待ってちょっとぉぉおおお!?!?!?」


ヤヌアールの斬撃を交し、フェブルアールの矢を避け、メルツの素手による攻撃を躱し、アプリルの魔弾を避ける。

次いでマイの振りかざした薙刀を防ぎ、ユーニの発砲した弾丸を既の所で避け、アウグストの魔術を躱して、オクトーバーの槍を弾く。


「何これ!? え、何!? 皆僕の事殺す気なの!?」


「何を言うか! ただの合同訓練だぞ!」


「訓練じゃないこれ!! これは一方的な蹂躙だ!!」


八対一での訓練を終えたのは、開始から一時間後の事だった。当然の事ながら疲弊を感じているのはゼプテンバールただ一人で、他の者達は息一つ乱れた様子無くその場に立っていた。


「ぜぇ……はぁ……死ぬかと思った……」


「うーむ……これだけ追い込んでも駄目か……」


「今追い込んだって言ったよね!? 自覚あったんじゃん!」


ヤヌアールがしまった、というように顔を引き攣らせたが、それを誤魔化すかのようにフェブルアールが口を開く。


「でも、半年前よりも凄く強くなってるわよ〜。成長してるわぁ」


「ふむふむ。覚醒の兆しも特に見られませんでしたねぇ……」


先日の酔っ払ってた時の失態の数々を忘れたのだろうか。アプリルはいつもの調子で袖をひらひらと揺らす。


「まぁ、本日はお客人が来るらしいからな。ここまでにしておこう」


そう言って剣を鞘に収めたヤヌアールを見て、各々職場に戻り出す。ゼプテンバールも戻ろうと立ち上がろうとして、がくん、と背中から倒れ込んでしまった。


(あぁ……疲れたなぁ……)


赤い空を見つめながら、ゼプテンバールはゆっくりと目を閉ざした。








心の奥にすとん、と落ちるような懐かしい声が聞こえる。穏やかで、優しくて、温かくて、泣きそうになる……そんな声。


『本当に……本当に大切な時にだけ、その声に従うのよ。それまでは忘れておきましょうね……。これは貴方の力。貴方だけの力。大切な誰かを守る為の力。貴方はきっと……────』





ハッとして、手を掴んだ。短い悲鳴と共にゼプテンバールの視界に映ったのは夢に出てきた声の主ではない。魔界きっての歌姫であるユーリだった。


「あれ……ユーリ……。…………!?」


間違いない。ゼプテンバールはユーリの太腿に自身の頭を乗せていて、彼女は背中を優しく摩ってくれていた。端的に言えば、膝枕である。


「ご、ごごごごめん!!」


慌てて身体を起こして謝罪を口にする。記憶が無いにしても、交際もしていない女性の膝枕など──


「疲れているのでしょう……? 良いのですよ。私は歳上なのですから……、是非甘えて下さいね。さ、……どうぞ、いらっしゃって下さいな……」


──断れなかった。


ゼプテンバールは現在思春期真っ只中なので、美人な女性にそう言われれば断れないのである。

……という言い訳は置いておいて、ゼプテンバールはユーリに問うた。


「もしかしてユーリ……歌、歌ってた?」


「……僭越ながら、子守唄を。……ゼプテンバールさんが私の手を握って……"お母さん"、と言っていたので……」


とても恥ずかしかった。穴があったら入りたい程の羞恥に襲われながら、ゼプテンバールは生返事をする。


その間にもユーリは細い指を、ゼプテンバールの髪に絡めていた。時折撫でてくれるその手が、妙に心地良い。


「ゼプテンバールさんのお母様は……どんな方でしたか……?」


「うーん……明るい人だったなぁ……。僕が風邪ひいた時とか、りんご切ってくれたんだけどね。不器用だから手血塗れにしちゃってた」


「まぁ……!」


「でも絶対笑顔を絶やさなかったし……誰に対しても優しかった……。自慢の母さんだったなぁ……」


「では、お父様は……?」


「父さんは……母さんと違って器用だった。僕の服を作ってくれた……。サイズが大きいから着ないんだけど……一つだけ、大事にとってあるんだ」


「そうでしたか……いつか、見せてくれますでしょうか……?」


「勿論さ。でも……貴族の坊ちゃんみたいな服だから、少し恥ずかしいかな」


「ふふふっ、きっと似合いますわ……」


ゼプテンバールの両親の話もそこそこに、今度はゼプテンバールから質問を投げかけた。


「ユーリの両親は?」


ピタリ、とゼプテンバールの頭を撫でていた手を止めて、ユーリは少しの間押し黙った。だが暫くして「私の両親は……」と話し始める。


「……お金が、好きでした……」


「…………まぁ、皆好きだもんねぇ……。金さえあれば、大抵の出来ない事を可能にしちゃう。ある種力の象徴じゃないかな……」


「……そうですわね……。私を売った後は、カジノに入り浸っていたと聞きました……」


「え、ユーリ……」


ユーリの発言に衝撃を受けたゼプテンバールは、思わず彼女の方を見てしまった。

そこには、様々な感情が入り乱れていた。悲哀、憎悪、憤怒。だがそれすらも、彼女の魅力の一つとして宿っている。だからこそそれが、悲しく思えた。


「……殺したい程憎んでいる筈なのに……自分がどうしたいのか分からないんです……」


「…………」


「ゼプテンバールさん……私の独り言ですので、聞き流して下さいね……」


そう前置きして、ユーリは顔を上げた。ゼプテンバールに見られないように。


「私……皆さんが褒めてくれるような女じゃないのです……生きる為なら何でもやって来ました。盗みや殺しなんて日常茶飯事で……。人を騙して誘惑して……お金を得て……また同じ事の繰り返し。……本当は……私なんて、ここにいるべきでは無いのに……。……本当にこの場所にそぐわないのは……私なんです」


「………………」


「歌姫、なんて肩書きは……私の前のご主人様のただの謳い文句。業界で生きる事になっても……私の悪い癖は悪化するばかりでしたわ……。……けれど歌っている時は、注目されたから……。私のような穢れた女でも……必要とされているんだ、って……そう思えました……。その快楽欲しさに、また悪事を連ねる事になっても……」


「………………」


「……ここは楽すぎます……。ディツェンバー様は沢山……私に歌う機会を下さります……。身体を赦さなくても……私に幸せを与えて下さるの……。それがいつまた壊れるか……私は怖いです……」


そこで、ユーリはゼプテンバールを見下ろした。その表情はいつも通り、可憐な美しさを纏っていた。が──


「よいしょ。はい、交代」


「えっ……?」


「いいからいいから!」


今度はゼプテンバールが座って、そこにユーリの頭を乗っけてやる。突然の膝枕に動揺していた様子のユーリだが、構わずゼプテンバールは空を仰いだ。


「これは僕の独り言だから」


「……ぇ、あの……」


ユーリは何かを言いたげにゼプテンバールを見上げたが、彼女から少年の表情は伺えない。仕方なく力を抜いて、ゼプテンバールの言葉の続きを待った。


「悪い事したら、それ相応の天罰が下る。王族でも貴族でも平民でも奴隷でも。善人でも悪人でも。魔物でも人間でも。それは逆も同じなんだ。僕が今読んでる小説の受け売りだけど……」


成り行きで読む事になった小説だが、ここで役に立つとは思わなかった。そう頭の片隅で思いながら、続ける。


「僕が思うに……ユーリは凄く……凄く優しいんだと思う。凄く可愛いし、綺麗だし、優しいし、お姉さんみたい。でも、それは僕が勝手に感じ取ってる君だから……もしかすると君じゃないのかもしれない。でも……僕が接してきたのは、紛れもない君だから」


「………………」


「だから、僕の知ってるユーリにしか言えない事なんだけど……。ここでは楽にしていいと思うよ……! 好きな時に好きな事しよう……勿論、お仕事もしなくちゃいけないけど……。それで、色んなお話しよ? そうやってお互い知っていけたら万々歳さ。親の事も……さ。ユーリは……そのままでいいんだよ、きっと。『あぁ、そんな存在もいたんだなぁ』って。今、両親にどうこうしたい、っていう想いがないなら、先延ばしにしちゃおう。ずっとずっと先で決めちゃっても……それは間違いなくユーリの想いだから……。上手く言えないけどさ……自分に素直になろうよ。嫌な事は嫌。やりたい事は積極的にさ! 僕もそうするから!」


「……………………」


「ユーリは悪い事してきた、っていうけど……皆何かしら知らない内にやってるかもしれないしね。僕だってそう。メルツの机の引き出しからチョコレートを一つ拝借しちゃった。勿論、後で謝ったけどね……。悪い事を悪い事、って自覚出来てるユーリは偉いんだよ……だから、自分の価値を下げちゃ駄目……これからその悪い癖を治す事だって出来るんだからさ。一緒に頑張ろうよ」


ふと、太腿の辺りが冷たくなった。疑問に思って見下ろすと、涙を堪えきれなかったらしいユーリがいた。彼女の目尻から伝った雫は、ゼプテンバールの黒いズボンに染みを作っていく。


「ごめっ、……ごめんなさい……私……っ」


「……辛かったんだね……苦しかったよね……。でも大丈夫だよ。これは僕とユーリの独り言だから……ユーリも僕も聞いてないよ」


「はぃ……っ、はい……独り言、です……」


嘔吐きながらも言葉を紡ぐその声はやはり美しい。小刻みに震えている彼女の背を摩って、ゼプテンバールは彼女の涙が収まるまで、口を開かなかった。

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