第22話
「俺様は……半月だ」
「はにわりぃ?」
聞きなれない単語に首を傾げる一同。ゼプテンバールも聞き覚えのない単語に首を傾げたが、メルツの表情から何を言おうとしているのか察しがついた。
「言い換えれば"ふたなり"。男と女の性器を兼ね備えた、いわゆる両性具有だ」
「少々待って下さいな。未知の単語にユーニが付いていけてません」
アプリルに言われて視線を向けると、確かにユーニが目をぐるぐるさせてメルツの言葉を反芻していた。
確かに、連続して未知の言葉を耳にすれば頭での処理が追いつかないだろう。
メルツは溜め息をついて言い方を改めた。
「…………上も下もある」
「なんと……!?」
皆動揺している。言葉にはしなかったが、その沈黙が全てを物語っていた。
ゼプテンバールは先程聞かされたので、ただメルツの横顔を見つめるだけだったが。
それでも皆、メルツの話を最後まで聞くつもりでいるのは確かだ。
沈黙に堪えられないのか、微かに拳を握り締めたメルツに「頑張れ」と念を送る。
「ただこれは生まれつき。俺様の種族が全員そうなんだ。トランスジェンダーじゃねぇ」
「古い文献で読んだ事があります〜。子孫を残そうと独自の進化を遂げた一族ですねぇ」
「ほ、ほほほ北方の地域の……ご、極一部だと……き、きき聞きました……」
「変わった服装をしているとは思いましたが……まさか地方出身の方だったとは……」
そういった件に詳しいであろう学者二人と研究者が口々に頭にあった知識を述べる。
メルツにそうなった経緯を聞いたゼプテンバールとしては、アプリルの説明に笑いそうになってしまった。
「だから……えっと……男であり女であるから──」
「一つ、聞かせてくれないか」
神妙な面持ちで言葉を被せたのはヤヌアールだった。渋々メルツが頷くと、彼女は興味深そうに
「女子会する時、誘っていいのか……!?」
と聞いた。
「…………え?」
ヤヌアールの質問が意外だったらしい、メルツは目を瞬かせて呆けた声を出した。大方、悪い想像でもしていたらしいメルツに構わず、ヤヌアールは言葉を続ける。
「休みが被った時など、フェブルアールやユーリを誘って女子会を開いてるんだ。買い物したり、談笑したり……女の一面を持っているのであれば、参加資格は充分にあるのだが!?」
「私も賛成よぉ〜!」
「人数が増えるのは良い事です……如何でしょう……?」
女性三人に詰め寄られ、メルツは助けを求めるようにゼプテンバールに視線を送った。
なので、にこやかに答えてやる。
「いいんじゃないかな。相談とかしたいって言ってたじゃん」
「いや……まぁ、そうだが……」
「俺達でいいなら力になるぞ! 女は大変だからな!」
「うんうん。そういうコミニュティは必要よ〜」
「えぇ。是非……」
「………………」
少しの沈黙の後、メルツは気恥しそうな表情を浮かべて頷いた。
「ぃ……行きてぇ……」
その返答を聞いた三人の表情がパッ、と明るくなった。十勇士の中では三人しかいなかったので、新たに女子が増えて嬉しいのだろう。
それを黙って聞いていた男性陣はというと……。
「微笑ましいですねぇ〜えぇ、本当に」
「半分同性だと思うと少し腹立たしいですがね」
「あはは……あはははは……」
少しの嫉妬心を顕にしていた。
「見苦しいですよ、貴方達」
「はわわわ……そ、そうですよぅ……さ、ささ寂しいのであれば……こここ此方も男子会を開いて、お、おおおお誘い、しましょうよぉ……」
オクトーバーの提案に「違う、そうじゃない」と言いたげな表情を浮かべたアプリル、マイ、ユーニ。
きゃいきゃい、と女子の輪の中で会話を弾ませているメルツを一瞥して、ゼプテンバールはミルクティーを飲み干した。
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何を、恐れていたのだろう。
今まで、経緯を説明しては軽蔑され、避けられて、それまで交友関係にあった者達と疎遠になってきた。
それが怖くて、辛くて、苦しくて。
何度も何度も、「次こそは」「コイツなら大丈夫」と思って繰り返してきた。それが更に傷を作るものだとしても、微かな希望を捨てたくなかったから。
でも、流石に疲れてしまった。
ディツェンバーの部下になった時は、性別を聞かれても曖昧に返事をする事にした。幸いにも魔界はLGBTに優しい所なので、誰も詮索してこなかったから。
それはそれで、少し寂しい気もした。
自分以外の九人、主を含めた十人が、高圧的な態度の自分に接してくれるから。
話し掛けてくれて、此方が話し掛ければ返事をしてくれて、集まりにも誘ってくれる。
『コイツ等なら受け入れてくれる筈』
そう思って失敗したらどうしようと、打ち明けられずにいた。もう失敗するのが怖くなってしまっていたから。
思わぬ形でゼプテンバールに見られてしまったのだが、彼は言ってくれた。
『メルツはメルツだ』と。
求められていた言葉が返ってきた。故郷を飛び出して数年、初めての事だった。それが嬉しくて堪らなかった。
だからこそ同僚に打ち明ける事が出来たのだ。
誰か一人が認めてくれている。だから大丈夫だと。
そう背中を押された気がした。
結果はまだ……少し時間が経ってみないと分からないかもしれない。だが、悪くは無い結果になっているという事は確かなようだ。
──そう。コイツ等ならきっと……あの事にも親身になってくれる筈……。