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ZEHN HELDEN ─魔界の十勇士─  作者: 京町ミヤ
第1部
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第19話

暫くして、メルツが動きを止めた。ピタリ、と。


それまで上げていた嗚咽も、小刻みに震えていた肩も。一瞬にして何も無かったかのように。


「め、メルツ……?」


ゼプテンバールがそう名を呼ぶと、メルツは渋々顔を上げた。目元が少し赤くなっていて、不貞腐れたように唇を尖らせている。


「馬鹿……」


「うぅっ……まぁ、確かに元はと言えば僕が悪かったし……」


「違ぇよ馬鹿」


「じゃあ何さ」


「………………ん……」


少しだけ唇を動かして何かを口にしたが、それは風の音に攫われてゼプテンバールの耳には届かなかった。


「え、何?」


「だーかーらー!! こっちもごめんって言ったの!!」


「あ、あぁぁうん! そっか! じゃあ、これで仲直りだよね」


確認するように首を傾げると、メルツが目を見開いた。呆気に取られたように息を飲んだ後、ゼプテンバールから視線を逸らす。


「俺様と仲良くしてぇのかよ、お前は」


「仲間だから当然じゃん」


「…………変なの。色々詮索しねぇの?」


「そりゃ気になるけど……メルツはメルツだなって」


「…………そ。…………お前になら……教えてやってもいいけど……」


気になるなら、と付け足して、メルツはそう言った。

ゼプテンバールとしても聞きたい事は山程ある。しかしだからといって強く頷いていいものか。


「うーん……僕が聞いてもいいの? それ」


「俺様が決めたから……いい」


それならば聞いてしまおう、と「なら教えて欲しい」とメルツと並んで座り直す。そして焚き火の火が小さくなりかけていたので木の枝をいくつか放り込む。


「……昔、千年位前かな」


「え、そんな遡るんだ」


「俺様達の一族は……滅亡を迎えかけていた」


「そしていきなり終わりかけてんじゃん」


「男が十人ちょい。女が二人だけ。逆だったらまぁ……まだ良かったのかもだが、生まれてくる子供は皆男だった」


「待って。メルツってどこ出身?」


魔界にもいくつか地方がある。魔王の城があるここが所謂王都だ。ともなれば当然人が集まる。様々な容姿を持った多種多様な魔物が、それぞれ住居を構えて生活している。


しかしメルツの口振りだと、自分達の一族以外がいなかったように感じられる。ゼプテンバールの問いに、メルツはあぁ、と答えた。


「北の方。ずっとずっと北の方。お前みたいな餓鬼には説明しても分かんないような……遠い所」


「そんなに遠いんだ。じゃあ、御先祖様達は少人数で暮らしてたんだね」


「まぁ、らしいな。そんで話を戻すと……早い話女二人が死んじまったんだ。子供を産める女が」


「え、そ、それじゃあ……」


「だがどういう訳か……俺様の御先祖様は子孫を残すよりも自身等の性欲を満たす方を優先したんだ」


「…………んん?」


「どうせ子孫は残せねぇから……欲望に忠実になりたかったんだろうなぁ……アホくさ」


実際にその話を聞かされたであろうメルツがそう言うのだ。当然、ゼプテンバールも同意だった。


「毎晩毎晩、日が落ちる前から夜が明けても。男共は盛り続けた」


「いやモノローグみたいに言わないで。結構内容酷いよ」


「そうしてやがて一人……身篭った」


(うわぁぁぁぁぁ…………)


聞きたくなかった、とゼプテンバールは顔を覆った。隣で淡々と語るメルツの目が完全に死んでいる。


「そうして進化……? し続けて。両方の性別を持つ魔物の一族として、再び栄える事になったのでした。チャンチャン♪︎」


「チャンチャン♪︎ じゃないよ!? え、何その話!? 聞いといてなんだけど結構不信だよ!?」


「俺様もだ。絵本で読み聞かせされたが……子供の頃からなんだそれはの一言だった」


「それ絶対絵本にしちゃダメなやつ!!」


「ま、嘘か本当か分からん経緯があって、今俺様がいる。女であり男である。試した事ねぇけどタチネコ両方イケるらしいし」


「え、お前も童貞じゃん」


「貞操が固いだけ。大体相手がビビるだろ」


そういうメルツの横顔は、少し寂しそうだった。先程、メルツは「気色悪い、可笑しいって笑いものにするのだろう」と言っていた。

その前後を思い出しても、過去になんらかのいざこざがあったのはゼプテンバールでも察しがつく。


(いくら魔界がジェンダーや同性愛に対して寛大でも……生まれ持って両方の性別を持ってる奴の対応なんて難しいだろうし……)


と、そこでゼプテンバールは疑問に思う。


「ねぇ、メルツ的にはどっち寄りとかあるの?」


「さぁ。俺様はジェンダーじゃねぇし。そういうの分かんねぇ」


「そうなの?」


「身体の機能としてはどちらでもイケるってだけ。父親にもなれるし母親にもなれる。でもこの身体が変化する事はねぇよ」


「そっかぁ……それは生きにくいね……」


「だからかな……。俺様が王都に行くって言った時、皆が俺様を引き止めたの。あんな山奥でひっそりと暮らしてたのも……こうした問題に直面するからだったんだろうな……」


そうまでしてメルツが王都に来たかったのはどうしてだろう。そんな疑問が頭を過ったが、今は聞くべきではないと感じた。


そっかぁ、と返事をして、ゼプテンバールは黙り込んだ。


「俺様、学校中退したんだよね。色んな奴と揉めたから」


メルツは今十八。普通ならばまだ学校に通っている年齢だ。それはゼプテンバールも同じなのだが。


「めんどくせぇから……学校の書類には『男』って表記してた。でもやっぱ疑問に思われたみたいでよ。身体も小せぇし……どことなく女っぽいのも誤魔化せなかったし」


「大変、だったね……」


「そ。事情を説明したら……やれキモイだの可笑しいだのヤらせろだの……思い出したら腹たってきた」


盛大に舌打ちをして苛立ちを露にするメルツ。それに対して苦笑いを浮かべるしか出来なかったゼプテンバールは、ふとメルツの方を向いた。


「話してくれてありがとう。やっぱりメルツはメルツだよ」


「無理しなくていい」


「無理も何も……話してる最中でも僕の事餓鬼とか言うし、一人称だって俺様のままだった。僕はメルツの事を少し知れただけ。何にも変わらないでしょ」


ニッ、と笑ってみせる。本心、ありのままの感情を伝える事が大切だと思ったから。

メルツの前で変に取り繕うより、不快にさせてしまったとしても言葉にして伝える。


決して感情的にならずに。先程の失敗も踏まえて。


「…………ハッ、変な奴」


そう吐き捨てたメルツも、少しだけ笑っていた。

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