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ZEHN HELDEN ─魔界の十勇士─  作者: 京町ミヤ
第1部
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第18話

細い。

ゼプテンバールが直感的に感じた感想はそれだった。


見るな、と言われれば見てしまうのが性というもの。メルツの上着を羽織ったゼプテンバールは、焼きあがったばかりの魚を頬張りながら、横目でメルツの背に視線を送っていた。


ゼプテンバールも華奢な方だが、メルツは全体的に筋肉が少ないと見受けられる。それでも筋肉はあるようなので、日々鍛えられているんだなとも思う。


それにしてはどこか違和感がある。

その違和感に思い当たる節がないので、ぐるぐると思考が回るだけだ。


「おい」


と、メルツの方から話し掛けてきた。突然の事だったので思わず返事をする声が上擦ってしまう。


「なっ、何っ!?」


「見るな」


短く、苛立ったようにそう言った。


(バレてた……)


「ごめん……」


「ま、気持ちは分かるけど」


そう言いながら、メルツは食べ終えたらしい魚の骨を焚き火の中に投げ入れる。ゼプテンバールもそそくさと食べて、それに倣った。


と、その時だった。

ガサガサッ、と茂みから音がして、ゼプテンバールはビクリと肩を震わせた。そして反射的にメルツに抱き着いてしまう。


「ぎゃぁぁぁあ何何何何!?!?!?」


「おい糞餓鬼! 急に辞めろよびっくりすんだろうが!!」


ごめん、と謝ろうとした瞬間、メルツが此方を振り返った。身体ごと。そう、身体ごと。

不機嫌そうに眉根を潜めて、ゼプテンバールの頬を抓るメルツ。


物音は魔獣の類が通っただけらしく、襲いかかってくる気配はなかった。


そしてそれを確認するなりゼプテンバールの視線は、自然と下に行っていた。男にしては膨らんでいて……柔らかそうな胸元に。


「…………んぇっ……?」


「あ」


しまった、といった風にメルツは顔を引き攣らせた。羞恥に惑っていた訳ではなさそうだが、見てしまったゼプテンバールの方が羞恥に襲われていた。


「ご、ごめっ……え、あっ何っ……!? はぁぁあ!?!?」


ゼプテンバールの動揺は留まる事を知らなかった。


前提として、メルツは男性の声をしている。そして一人称も『俺様』だ(女性であるヤヌアールも『俺』だが)。

いくら体躯が女性的であるとはいえ、顔は中性的だし声は男らしかったので、ゼプテンバールの中では『男性』の位置付けにいた。


同僚ゼン・ヘルデン内では中々意見は別れていたが、多数決では『男性』の位置付けにいたし、本人もそれでいいと言っていたので深くは考えてなかった。


しかしメルツはゼプテンバールに「見るな」と言っていた。戸惑っている様子も見受けられる。

本当は女性だったのか、とどう謝罪しようか迷っていると、メルツはその場に仁王立ちした。


あの、目のやり場に困るので辞めて下さい。という言葉を言う前に、メルツがやけくそにやって声を張り上げた。


「あぁもうこの際テメェには教えてやるよ! そうさ俺様には微かながら乳あるんだなこれが! だが残念な事に息子もあるんだよ!! 月に一回生理だって来るし、朝立ちだってありますよ!! えぇそりゃもう大変ですよ!! 誰にもバレないように下着だって洗うし生理ん時は配慮して色の濃い服着てる!! 便所どっち入ったらいいか未だに迷うし、ブラのサイズとか聞きに行きたいけど行けねぇし、修学旅行で男子部屋に放り込まれた時は絶望的だったし、皆と風呂入れねぇし、なんなら普通の男より穴一個多」


「ちょっと待ってぇぇえええ!?!?」


耐えきれなかった。耐えられる筈がなかった。


まだまだ純情ボーイなゼプテンバールを前に、つらつらと日頃の苦悩を並べていたメルツはピタリと口を止めて、少しだけ。ほんの少しだけ頬を赤くした。


「……糞餓鬼……馬鹿野郎……」


「うぅっ、本当にごめん……やっぱり上着返すよ」


メルツの上着を脱ごうと手を掛けると、目の前に立つ彼女(?)が静止した。


「寒いんだったら着とけよ。風邪引かれたら困るから」


「目のやり場に困るからメルツが服着てよ」


「俺様は別に気にしねぇから良いんだよ」


「さっき『あ』って顔引き攣ってたじゃん! 実は気にしてるんでしょ?」


「気にしてねぇって言ってんだろうが阿呆。歳下に気ィ使われる程弱かねぇよ」


「嘘だ。さっき顔赤くしてた」


「テメェどんだけ過去の事引っ張り出すんだよそんなに俺様を惨めにしてぇのか、あぁん!?」


「違うってば!」


「違わねぇよ! 結局はテメェも他の奴等と一緒だ! 気色悪ぃって……可笑しいって笑いものにすんだろ!? アイツ等にも話すんだろ!? 何度も騙される程俺様は落ちてねぇ!!」


「五月蝿い!!!」


ゼプテンバールの一喝を最後に、沈黙が訪れた。この場にはゼプテンバールとメルツ以外居合わせていないので、仲介してくれる者もいない。


「そんなに否定して楽しいの!? 意味分かんないよ!! 僕はメルツに不快な思いして欲しくないだけだもん! お前の性別とかどうこうも関係ないし知らないよ!」


ましてやここは魔海だ。森から抜け出せない呪いがかかっている事はゼプテンバールでも理解している。


だからこそ後悔した。


「そうやって人に当たり散らしてるお前が僕は大っ嫌いだ!!!」


誰も、止めてくれる人がいないのに。そう口にしてしまっていた。


「…………………………」


「あ、……め、メルツ……」


「…………………………」


「ご、ごめん……そこまで言うつもりはなくて──」


慌てて謝罪の言葉を述べるも、メルツには届いていないらしい。放心状態のまま、何度か目を瞬く。


そしてほろり、と。

メルツの目から一筋の水滴が零れた。


「!?」


「…………………………」


それは留まる事なく、メルツの頬を伝って地面に落ちていく。初めて見るメルツの表情と雰囲気に戸惑いを隠せなかった。


「ほ、ほほほほ本当にごめんなさい!! ヒートアップして意地になっちゃっただけなんだ!」


「────なら……嫌いなら……、初めからそう言えよ馬鹿…………」


膝を抱えてその場にしゃがみ込んでしまったメルツ。その際に顔を膝に埋めたので、もう彼女(?)の表情は伺えない。


「と、取り敢えず上着は返すからさっ……」


「お前が……お前が…………、何も言わねぇから……自惚れる気は無くてっ…………」


「……メルツ……」


ゼプテンバールに聞かれたくないのか。嗚咽を押し殺して、メルツはそう口にした。掛ける言葉を探しながら、ゼプテンバールは上着をメルツに被せてやる。


「ごめんなさい。僕が悪かった。取り敢えず落ち着いてくれよ」


「うるせぇ馬鹿……童貞」


「今童貞とか関係ないんですけど」


冷静に突っ込みを返しつつ、小さく蹲るメルツの背を摩ってやった。

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