番外2─洋子とフェブルアール─
一面青い空間に、洋子は立っていた。目の前には二本のアホ毛がぴょこん、と立った耳が尖った少女がふわふわと宙に浮いている。
「初めまして〜! 私はフェブルアール。お名前を聞いてもいいかしらぁ?」
「く、胡桃沢洋子……」
「洋子ちゃん! 可愛いわねぇ〜。洋ちゃんって呼んでもいい?」
ふにゃり、と笑みを浮かべるフェブルアールに頷きを返す。よく同年代の友達には「くるみちゃん」と呼ばれるので下の名前であだ名をつけられるのは新鮮だった。
「ふえ、フェブルアールちゃん……?」
噛んでしまった。洋子にとっては少し言い難い名前だ。しかしフェブルアールは怒る事もなくくすくすと笑っている。
「ごめんなさいね〜言い難いわよねぇ。フーちゃんって呼んで?」
「フーちゃん……?」
「うんうん! 本当はちゃん付けされる年齢でも無いんだけどねぇ」
「そうなの?」
「そうよぉ。私二十九歳だもの」
十代半ばに見受けられる彼女は、三十間近の立派な女性だった。洋子の両親よりかは若いが、どこからどう見ても少女と呼べるフェブルアールをまじまじと見つめてしまう。
「見た目……若いね」
「まぁ! 嬉しいわぁ〜! ふふふっ、こう見えてもお肌のケアとか頑張ってるんだもの」
くるくるとその場で回りながら嬉しそうに頬を緩ませるフェブルアール。そして洋子に顔を近付けて、ふにっ、と頬を挟まれた。
「ふにゃっ!?」
「洋ちゃんもとっても可愛いわぁ。将来は美人さんになるわねぇ〜成長が楽しみだわ」
そこでふと、洋子は疑問を抱いた。
「フーちゃんは……どうしてここにいるの?」
魔物の魔力を埋め込む、とは聞いていた。しかしどうしてフェブルアールは洋子と対話しているのだろうか。純粋ながらも鋭い指摘に、フェブルアールは一瞬答えを言いかねた。
「うぅん……そうねぇ」
──魔力を埋め込むと言っても、その実は魔石を直接体内に移植しているのだ。魔石に宿るフェブルアールの意識が、洋子の精神世界の一角に置かれている。
今回は初めの挨拶をする為に、フェブルアールが洋子の事を呼び寄せたのだ。
「言えない事?」
「ち、違うわよぉ? 説明が少し難しいんだけど……そうねぇ。洋ちゃんとお話したかったから、ちょっとだけ出てきたの」
──結局、そのまま言ってしまった。
とはいえ洋子は「そうなんだ」と納得していたので、フェブルアールは気付かれないようにほっと胸を撫で下ろす。
「じゃあフーちゃんは私とお友達になりたいの?」
洋子のその質問に、フェブルアールは目を瞬かせた。
「あれ、違った?」
フェブルアールの口振りから考えて、そういう事に相違無いと思ったのだが、彼女は何も言わない。しかし洋子が聞くと、慌てて首を振って訂正する。
「ううん! 私、洋ちゃんとお友達になりたいわあ!」
彼女のその返答に、洋子はパッと顔を輝かせた。
「やったー! じゃあ、よろしくね! フーちゃん!」
小さな手を、フェブルアールに差し出す。
その手を包み込むように、フェブルアールも大人の女性にしては小さな手を差し出した。
「よろしくね、洋ちゃん!」