第14話
「おいペイント眼鏡」
「マイです」
「パンはパンでも食べられないパンはなーんだ」
「カビの生えたパン」
「正解はフライパンでした〜」
「そもそもパンじゃないじゃないですか。その理論だとパンツもそうではありませんか?」
「それもある」
「というか唐突にどうしたんです?」
「なぞなぞ」
「それはただの子供騙しというものでは?」
「デデン第二問」
「ちょっとメルツさん」
「下は大火事、上は大洪水これなーんだ」
「火炙りと水責め」
「怖ーよ拷問じゃねぇって」
「しかしその場合どうやるのですかね。火が消えてしまいます」
「答えが違うんだよ馬鹿」
「あぁ、思い出しました、ファラリスの雄牛というやつです。人間界の古代ギリシアで開発された処刑装置。
はて、あれは牛の形を模した中に人を入れて外か ら火を焚き、中の人を炙り殺すといったものなので水は必要ありませんね」
「なんでそんな答えを拷問にしたいの怖いんだけど。あと詳しすぎ。テメェ本当に執事かよ」
「あぁいい事思いつきましたよメルツさん。牛の中に水を入れれば成立します。蒸し焼きで脱水になるので確実に殺せるかと」
「殺さなくていいんだよ。当時の技術じゃ人を殺せる温度まで上がらねぇらしいぜ」
「では今の技術では作れるのでしょうか」
「んな拷問必要ねぇわ。つか正解は風呂だよ、風呂」
「何故です」
「知らねぇよ」
メルツは暗器の手入れを、マイは銃の弾の装填を確認しながらの会話である。
その場にいるだけで騒がしいユーニや、会話を振ってくれるゼプテンバールがいないので仕方なくメルツが話題を振ったのだが、マイの回答が予想を上回っていた。
「このなぞなぞというものは、人間界のものでしょう。我々魔物とは価値観が違うと思うのですが」
「知ってたのかよ」
「少しだけ。噂で聞いた程度です。意外でした……メルツさんも人間界に興味があるんですね」
「まぁな……」
だがそれ以上は語らなかった。なぞかけを持ち掛けたりもしない。ただ黙々と手入れを済ませ、無言で立ち上がった。
「どうなさいました?」
「そこら辺歩いてくる。罠を張れそうならついでに張ってくる」
「でしたら僕が連絡を回しておきましょう」
「頼む」
メルツが去り、周りに人がいないか確認してから、マイはスーツジャケットのポケットから小さなケースを取り出す。その中にある小さな手鏡で顔のペイントを写し、色が落ちてないかを確認する。鮮やかな赤いペイントは、朝と変わらず綺麗に咲いている。
「────────」
しかしマイはケースから筆とペイントを取り出して、重ね塗りを始めた。他の者が見れば気にならない色斑が気になるらしい。
と、同時に何かを口にするがそれは風の音に攫われて消えた。
せっせと重ね塗りを終えて筆をケースに閉まっていると、サクサクと草を踏む音が聞こえてくる。
タイミングよく帰ってきてくれた、と内心ホッとしながらマイは顔を上げた。
「やぁマイ、ただいま。何してたの?」
「おかえりなさいゼプテンバール君。化粧直しですよ」
「女の人みたいだね」
すとん、とマイの隣に腰を下ろしたゼプテンバールを後目に、スーツジャケットの裏ポケットからある物を取り出した。
「ゼプテンバール君、これを差し上げましょう」
「うん? 何これ」
マイがゼプテンバールに手渡した物。それは自身の頬に描かれている花と同じ模様をしたボディーシールだった。
「これをどこかに貼っておいて下さい。万が一はぐれた際にこれを貼っていると、魔力を手繰って探しに行けます」
「へぇ便利な代物だね」
「僕の能力を応用したんです。僕の頬にあるこれが落ちると効力は無くなるんですが……」
「あ、それで塗り直してたんだ」
マイの持つ能力は『探索』。元々は知った魔力を探る能力なのだが、ある一定以上の距離を離れてしまうと探れなくなる。
此度の反乱分子の中に転移魔術の使い手がいるとの事。転移魔術ともなればマイの探れる範囲外に転移させる事も可能。
その時の為に用意した代物だ。昔に作った物だが、今し方魔力を込めたので滞りなく使用出来る。
他のメンバーの分も用意してあるので後で手渡すつもりだ。早速ゼプテンバールが手の甲に貼っつけている。
「こんな感じ?」
「えぇ。それで大丈夫です」
「こんなの作れるなんてマイは凄いや」
「ありがとうございます」
そうこうしている内にアプリルとユーニも帰って来た。アプリルは近くにいた行商人から買ったらしいサンドイッチを手にしており、ユーニの手元には紙袋があった。
「やっほー!! ご飯買って来たよー!!」
「種類はありませんが文句は言わないで下さいね。買ってきただけ感謝して下さい」
「二人共ありがとう!」
そのまま夕食ムードになったので、辺りに罠が張られている事を伝えてから、メルツを呼び戻しに魔力を探す。
幸いにも近くにメルツの魔力はあった。
小走りでメルツの元へ向かい、その姿を探す。
「ペイント眼鏡」
「マイです」
「そこ気ィつけろ。踏んだら槍降ってくるぞ」
「なんと物騒な」
メルツの忠告を聞き入れ、その場で立ち止まる。この短時間で罠を張れるのだから、メルツの経験はマイ以上なのだろう。
「何か用か?」
「アプリル君達が夕飯を買ってきてくれました。全員集まってるので呼びに来たんです」
「おう、わざわざありがとな」
並んで元来た道を辿る。静かな森の中を穏やかな風が吹き抜ける。
約三時間後には、この静かな森の中で反乱分子との戦いが始まる──。