第138話
暫くすると、ディツェンバーの纏う雰囲気が変わった。静かに開かれた右目は赤く変色しており、微かに光を帯びている。
ハーフの為、若干身体能力が向上する程度の効果しか持ち合わせていないが、彼もまたかつては戦闘民族と恐れられたヴェルメ族の末裔だ。
「宇宙さん……長くはもちそうにない」
頭がぐらぐらと揺れて、あと数分戦えば力尽きてしまう事は目に見えていた。武器も手元から離れてしまい、魔力も多くは残ってはいない。
「僕ごと、遠慮無く攻撃して」
全てを捨てる覚悟は、出来ていた。宇宙も連続で魔石を発動させ、もう限界が近いだろう。だからこそ、ディツェンバーに当てないようにという気を使わせず、単調であれど攻撃に専念させる事を選んだ。
「……みっ君……」
「ここにいるのが君だから、僕はこの手に出る。綺麗なものじゃないから……嫌だったけどね」
ふっ、と自嘲気味に笑うディツェンバーの背を軽く叩き、宇宙は頷いた。頷いて、くれた。
「どんなみっ君でも受け入れる。だから……そんか諦めるみたいな事言わないで……。まだ、諦めないでよ……」
そういう彼女の声は、少し震えている。ディツェンバーは短く「ごめんね。頼んだよ」とだけ残して、ナイフを手にアルターに向かって駆け出した。
刀を失った今、自身の左目を貫いたナイフを頼りにアルターに立ち向かう。
コンクリの地面がひび割れる程、力強く地面を蹴って──ナイフを捨て拳を握り締める。
ナイフに警戒を向けていたアルターは反応が遅れ、ディツェンバーの渾身の一撃を受けてしまった。
「ぐっ!!?」
何とか踏み止まったアルターにもう一撃、とディツェンバーは踏み込んだ。
「プライドを捨てただの魔物に成り果てるか、ディツェンバー!!」
「何とでも言え! お前を殺す為なら僕は……僕自身を殺してでもお前を殺してやる!!」
繰り出された拳を避けるアルター。ディツェンバーの攻撃によりアルターがそれまで立っていた地面は抉れてしまっていた。
ヴェルメ族の力を解放し、更に残っている魔力を手足に集中させ威力を上げる。少しでも当たってしまえば、致命傷は免れないだろう。
「ほざけ……貴様に負ける俺ではない!! 俺を殺す? やってみるがいい!!」
勢いよく剣を振るう。ディツェンバーはそれを躱すどころか自ら当たりに行くかのように加速した。
「ッ!?」
ザシュッ、と鋭い音を響かせて、ディツェンバーの肩口から下腹部にかけて朱線が刻まれる。そこから大量の血が吹き出すも、お構い無しにディツェンバーはアルターに掴みかかった。
ガッ、と鳩尾を蹴り上げ、頬を殴り付ける。その際骨が軋むような鈍い音がディツェンバーの耳に届いた。
「ぐ、うっ」
地面に倒れ込んだアルターの胸倉を掴み、上体を起こさせる。拳を握り締め身を引いた瞬間、アルターが魔弾を放った。
至近距離で稲妻を帯びた魔弾を浴びたディツェンバーは、一瞬、意識を失ってしまった。しかしすぐさま意識を取り戻し、痺れの残る身体を何とか操る。
身を引いたままの勢いを無駄にせず、そのまま頭突きをアルターにかましてやる。
双方頭に衝撃を受けながらも、互いを殺すという意志が勝っていた。
アルターも勢いに身を任せてディツェンバーに掴み掛かる。その瞬間を、彼女は逃さなかった。
「──ッ!!」
ディツェンバーとアルターを取り囲むように、魔石が降り注ぐ。きらり、と光を反射させながらそれは地面に落ちる前に発動する。
──ドォンッ!!
と、ディツェンバーとアルターを取り囲んでいた魔石が一つ残らず、爆ぜた。