第131話
「やぁ奥さん、今日こそオレとお茶しませんか?」
「あらこんにちはナハト君。夫同伴で良ければ誘いに乗ってあげてもいいわよ」
「チッ」
開店時間と同時に店に入ってきた赤髪の青年は、キュステの返答に舌打ちして不服そうに息を吐いた。
青年の名はナハト。少し前からキュステにナンパを仕掛けに来ては断られる、というやりとりを繰り返している魔物だ。
「惜しいなぁ。超オレ好みなのに人妻って」
「貴様さっさと出て行け。俺の妻に手を出すんじゃない」
妻、という言葉を強調してフルスは眼鏡を押し上げる。
へーへー、とやるせない返事をしてナハトは踵を返した。
「あ、そうだわ。貴方に言いたい事があったの」
しかしそんな彼を引き止めたキュステ。フルスとしては一刻も早く妻をナンパするこの男を退室させたいのだが、キュステが無言の圧を放っているので何も言えなかった。
「何すか?」
「ナハト君、今度の集会行くでしょ? 私達その日用事があって行けないから娘に行かそうと思ってるんだけど……良かったら一緒に行ってやってくれないかしら?」
「お前、何を言っている!? こんな右眉剃り過ぎた貧乳好きのナンパ男に娘をくれてやるつもりか!?」
「後で一発ぶん殴るわ」
それとなく彼女の地雷を踏んでしまったフルス。彼への説教は後でするとして、キュステはナハトに歩み寄る。
「いや、普通に面倒なんだけど」
「年齢も近いからいいじゃない。あの子、魔物側のコミニュティに慣れてないみたいだから。一人でいたら話し相手になってあげて欲しいの。何かあったら守ってあげて」
駄目かしら? と首を傾げる。ナハトは困ったように視線を彷徨わせた後、渋々頷いた。
「仕方無いか。覚えてたら挨拶位はしてやるぜ」
「それでいいわ。ありがとう」
それじゃあ、と数分と経たずに退店したナハト。フルスとしては商品を見ていって欲しい所なのだが、早く帰って欲しくもあったので良しとする。
「急にどうしたんだ、キュステ」
「……さぁ、仕事してた時の……勘、かしら」
キュステの言う仕事してた時、とは恐らく殺し屋として働いていた時の事だろう。
そしてキュステは可憐な笑みを浮かべ、フルスに抱き着いた。
「お、おい……!?」
「……愛してるわ」
「…………俺も──」
愛してる、と言いかけて、フルスの身体が突き飛ばされた。フルスがそれまで立っていた所には重い物を叩き付けたような亀裂が走り、床が抉れてしまっていた。
キィンッ、と耳の奥を突くような金属音が響き渡り、フルスは初めて理解した。
キュステは鉈のような双剣をどこからともなく取り出し、繰り出された剣戟を受け止める。
「お客様では……無さそうね?」
「そうだな。アンタに恨みは無いが……ここで殺してやるよ、キュステ!!」
赤い髪をした男性。その顔には見覚えがあった。その昔、剣士として名を馳せた──
「ふぅん。成程。貴方、ナハト君のお父さんだったのね……アーベントさんで合ってるかしら?」
反乱軍の一人として戦い、種族覚醒したゼプテンバールに敗れたアーベントその人だった。
「知っててくれて嬉しいぜ。さっさと死にな……!!」
早朝の店内で、戦いの幕は開かれた。