第123話
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──半年後。
ヤーレスツァイトはある男に連れられて人間界を訪れていた。これから最低一年は人間界に滞在し、蔓延る魔物をある程度統率させるとの事。
ヤーレスツァイトの前任となる群青色の髪に翡翠色の瞳をした少年・タールは、ぶかぶかのコートの袖をヒラヒラと揺らしながら口を開いた。
「簡単な話、君は人間界にいる魔物からの報告を聞くだけでいい。派手に動き過ぎて大々的にニュースに取り上げられるようであれば、ソイツは処分対象。まだ準備が万全じゃないからね」
「? 何の準備がまだなんだ?」
「……知りたいかい?」
知りたいか知りたくないで言えば、勿論知りたい。
ヤーレスツァイトも魔界で半年間、礼儀作法を叩き込まれ、そこそこの知識を身につけた。知れる事であれば知っておきたいと思うのは当然の事だった。
「反乱が起きておよそ二十年。魔界の情勢も落ち着いて、アルター様が治める世の中が当たり前となった今、最後にやるべき事が残ってるんだ」
「やるべき事……」
「この人間界にはね、前魔王ディツェンバー様がいるんだよ。名前位は知ってるんじゃないかい?」
前魔王ディツェンバー。ヤーレスツァイト自身会った事は無いが彼の話は耳にしている。
穏やかで優しき魔王出会った彼は、死の間際で人間に召喚されたらしい。とはいえ人間が魔物を召喚するケースは年に数回あるかないかなので、信じられたものでは無いのだが。
「アルター様は、ディツェンバー様を殺す事で反乱を終結とするつもりなのさ。二十年もの間放置していた彼を討つ為の準備はもう始めてる」
「……その準備って……?」
「かつてディツェンバーの部下だった二人が、同様に人間界に滞在している。自分の死を悟ったディツェンバー様が『人間に魔物に対する対策をとれ』と命じてね」
まさかそれで設立された組織が魔物殲滅隊なのだろうか。しかしヤーレスツァイトの予想に反して、タールはその際行った処置を語り始める。
「名はキュステとシュテルン。僕は二人にある術を掛けたのさ。二人の記憶からディツェンバーという存在を消し去って、無かった事にしたんだ」
「そんな魔術存在するのか?」
「僕の能力さ。記憶操作。記憶を消したり、違うものに書き換えたり」
タールの能力『記憶操作』。どれ程優れた魔力を持った者でも、どれ程敵意に敏感な者であろうと防ぐ事は不可能。
自分の脳を外部から操作され、その疑問すら間違いであるとされるその能力には欠点という物が見受けられない。
「その後ディツェンバー様と接触したフルス、グリーゼルの記憶も同様。彼の事を知ってる魔物から『ディツェンバー』という存在を消すのは容易いのさ」
「中々エグい事するんだな」
「そうかな。僕だって、アイツ等には恨みがあるからね……。受けて当然の罰なのさ」
そう言うタールの声色には何の感情も宿っていなかった。ただ抱いている想いを口にしただけ。そんな乾いたものだった。
「だがソイツ等のからディツェンバー様の情報を消したとしても、ディツェンバー様の方は覚えてるんだろ?」
「あぁ。こちらの世界に蔓延っている魔物は皆人間に成りすましているからね。魔力以外に辿る術がないんだよ」
「だったら──」
「だから。ディツェンバー様からキュステ達の魔力情報を置き換えたんだよ。そうすればディツェンバー様はキュステ達とすれ違ったとしても、違う魔力として認識するからね」
タールの言い分は最もだった。
ディツェンバーは既にどこかでキュステとすれ違っているかもしれない。しかしキュステはディツェンバーの事が記憶に無いし、ディツェンバーもキュステの魔力を認識出来ない。
しかしヤーレスツァイトは疑問だった。
「どうしてそんな面倒な事を? ディツェンバーにも同様に仲間達の記憶を消した方がいいと思うんだが」
わざわざ魔力の情報を置き換える理由が分からなかった。純粋に抱いた疑問に、タールは嘲るようにして答える。
「仲間の記憶があるのに見つからない方がアイツ苦しむだろ?」
「…………」
タールはディツェンバーに何かしらの恨みを抱いているらしい。しかしそこに立ち入る余裕はヤーレスツァイトには持ち合わせていなかった。
適当に返事をして、集まってきた魔物達に視線を向けたのだった。