第120話
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アルターから手渡されたのは、真新しい漆黒のフード付きのマントだった。
「アルター様、これは……?」
「魔石になった者を蘇らせる研究法を編み出した学者。十勇士の一人、アウグストの物だそうだ。彼自身は、もう少し丈の短い物を着ていたがな」
アルターがヴェッターにこれを手渡してきた理由が、いまいち掴めなかった。アルターのお下がりともなれば、喜んで崇め部屋に飾る事にしていただろう。
しかしヴェッターはアウグストという男を知らない。知らない男のお下がりを貰って喜べる筈が無いというもの。
「はぁ……左様ですか……」
「他の学者連中の間でも、彼奴は生きる伝説の如く扱われていたからな。あまり有名な話ではないが、その筋では知らぬ者はいないだろうよ」
「では、その方々に差し上げれば宜しかったのでは? 私は別に──」
「否、それは貴様が持つべき物だな」
断固として、アルターは言い放った。
「それは新品だ。奴が予備として持っていた。ただそれだけだ」
「……匂いとか移ってませんか?」
「気になるなら自分でクリーニングにでも出せ。俺は、それを着たお前を見てみたいと思っただけだ」
我が主が望むのであれば致し方ない。喜んで受けましょう、とヴェッターは急ぎマントを羽織った。膝の下位までの長さがある質の良い品である事は分かった気がする。
そして──
「…………何故か、落ち着く気がします……」
マントを羽織ったので当然といえば当然なのだが、誰かに優しく抱き締められているような温かい感覚がしたのだ。
ヴェッターの感想を耳にしたアルターは、面を食らったように目を見開いた。しかしすぐさま一笑する。
「良く似合っている。下がって良いぞ」
「……ありがとうございます」
一礼して、ヴェッターも部屋を退出した。
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優しさ等では、無い。
アルターにはアウグストに対して罪悪感が残っていたのだ。
アルターが無意識的に放った魔弾は、不幸にもアウグストに当たってしまった。アルターの存在は公にされていないので、彼の親族達にも謝罪する事が許されず、無かった事にされていたから。
心の奥に残っていた痼を取り除いただけに過ぎないのだ。
ヴェッターがアウグストの息子である事は少し調べれば分かったので、部下として迎え入れる事は決めていた。ラヴィーネも同様の理由に近い。
ヴェッターの母・メーアにラヴィーネの母・ナトゥーア。反乱軍の一員として共に城に攻め入った彼女達の魔石は、まだアルターの手元にある。
あの二人は、自分の子供を愛していた。
彼女達の運命を壊してしまった自覚があるので、気紛れに行動したまで。優しさ等では無い。
ヴェッターは本当の両親であるアウグストとメーアを知らない。アルターが手に掛けた夫婦が両親だと思っているから、自ら真実を明かす気は無い。
──知りたければ自分で調べるといい。
記憶には無くとも、何かを感じ取っているらしいヴェッターの背を見つめ、アルターは残していた書類に目を通す為椅子に腰を下ろした。