第12話
ディツェンバーが普段仕事をしている執務室に、ゼプテンバール、メルツ、アプリル、マイ、ユーニが集められていた。
「単刀直入に言うね。君達五人に反乱分子の制圧を頼みたい」
と、いう事らしい。
簡単に言ってくれるよ、魔王様。僕まだヤヌアールとの稽古で一本取れた事ないんだよ? ハンデ有りでも勝てなかった僕に反乱分子を制圧出来る訳がないじゃないか。
が、それを飲み込んでゼプテンバールは頷くしかなかった。それがディツェンバーの下僕として動く彼の役割だからだ。
「反乱分子といっても、謀反を起こそうと企んでる奴等じゃないんだ。人間界へと無断で渡ろうとしているらしい」
魔界と人間界は、誰でも簡単に移動する事が出来る。だが無断で世界を横断する事は禁忌とされているのだ。
魔物が人間界に行くには、それ相応の理由と許可証がいる。加えて人間界で問題を起こした場合、問答無用で死刑となる。
それでも年々、魔物の渡航率は上昇している。
魔界での暮らしに飽きた魔物が、人間界に渡る事もそうだが、他にも理由はある。
人間が魔物を召喚したケースだ。
人間の世界でオカルトとして有名な悪魔召喚の詠唱や儀式。それによって召喚されるのが人間にとっての悪魔──魔物なのだ。
召喚で人間界へ渡航した場合、その魔物は永久に魔界には戻ってこれない。
というのが、ゼプテンバールが耳にした情報だ。
「ま、許可を取るにも、時間はかかるし金もかかる。加えて監視付きだ……変な事は出来ねぇ。無断で行っちまった方が楽だわな」
「メルツの言う通りです。禁忌とされる理由は分かります。ですが……僕達がわざわざ止めに行く必要があるのでしょうか」
マイの疑問も最もだ。
言ってしまえば反乱分子が人間界へ勝手に行こうが、ゼプテンバール達に危害が及ぶ訳でも無い。
「……そうだね。それもその通りだ」
でも、と少しの間を置いてから、ディツェンバーは口を開いた。
「人間は迎撃出来ないんだよ」
「……それは、どういう意味ですか……?」
「冗談は要らねぇよ魔王サマ。俺様も詳しくはねぇが……人間界では刀を持った奴や銃を持った奴……国一つ滅ぼせる兵器を持ってるって話じゃねぇか」
「間違いではないよ。でも、とある国では武器を持っていれば罰せられるんだ」
「信じられませんねぇ〜。それ、身の安全も保証出来ないじゃないですかぁ〜」
アプリルの発言に同意の意を示していると、ユーニが声を張り上げた。
「武器の性能はいいよ!! 丁寧だし使いやすいし!! でもでも! 人間扱い方分かってないよ!! あははははっ!!!」
「? どういう事かな?」
「おれ人間界行った事あるけど!! 弱い癖に武器を扱うんだよ!! だから分かってないなーって!!」
「いや意味分かんねぇよ」
「彼の言語をまともに理解出来る魔物なんて気が可笑しい方だけですよ」
「……ユーニの言う通りだよ」
ハッとして視線をディツェンバーに向けるメルツとアプリル。
「人間は弱い。けれど……僕達よりも優れた技術を持っている。互いに誇れるものだ。在り方が違うのに、互いに国を栄えさせてきたのだから。けれどそう考えた時……力のない者を一方的に蹂躙する魔物が悪者だと、僕は思えてしまう」
ゼプテンバールもそう思えてしまった。どんな理由であれ、弱者を虐げていい筈がない。
「まだ人間界は……無断で渡ってきた魔物を対処する術がないらしいんだ」
「…………」
「後々、人間達が対処法を考えた時、それまで一方的に蹂躙し続けた僕達が危険にさらされる。それだけは避けなければならない。僕達は……僕達が出来る事をしなければならない」
「…………分からないですねぇ……」
ふと、アプリルが呟いた。彼の表情は包帯でぐるぐる巻きにされているので正確には読み取れないが、どこか怒っているようにも感じ取れる。
「分からないですね……人間にそこまでする価値があるとは思えません。人間が弱いなんて真っ赤な嘘ですよ……」
ダンッ、と大きな音を立てて、アプリルはディツェンバーと自身等を隔てている机を叩いた。突然の行動に誰も身動きが取れなかった。
しかし、ディツェンバーは何も言わずにアプリルの事を見つめ続けている。
「人間なんかに気を使う必要は無いんですよ魔王様……彼等は所詮自分の事しか考えていないのですからボク達が手を煩わせる必要も無いのです。人間が対策を練ったら? その時は迎い撃てば良いだけなのです。刀だろうが剣だろうが銃だろうが国一つ落とせる兵器であろうが圧倒的な力量差があるのです。種族という名の力の差が。何故それが分からないのですか……人間なんて──」
「黙りなさい」
アプリルの言葉を遮って、ディツェンバーがそう言った。人差し指をアプリルの口元に当てがい、冷たい視線のままに続ける。
「君の意見は分かった。だから落ち着きなさい。君だって戦争を起こしたい訳じゃないでしょ?」
静かでいて、威圧的だった。
穏やかな口調には変わりない。だが、心の奥底から寒気を感じさせられる……恐怖。
アプリルが先程言った圧倒的な力の差が、こんな所にもあったのだ。
だがアプリルも引き下がる様子はない。このままヒートアップすれば間違いなく厄介な事になる。
どうするべきか頭を回転させていると、ディツェンバーとアプリル、両者の肩を叩いた魔物がいた。ユーニだ。
「あはは!! あははははっ!! 喧嘩良くない!! 争い良くない!! 魔王様もアプリルも離れる離れる!!!」
「…………チッ」
不満げな舌打ちを漏らして、アプリルは元いた場所へと戻る。ディツェンバーも上がっていた熱が冷めたのか、いつも通りの優しい目付きに戻っていた。椅子に座り直して、息を吐いた。
「ごめんね。だけど、内容の変更は一切無い。このメンバーで反乱分子の制圧をするんだ」
『頼みたい』ではなく『するんだ』。
懇願から命令になった。その瞬間、不満を漏らしていたアプリルも従わざるを得ない状況になったのだ。
「はいはーい!! なんでこのメンツ!?!?」
まだ先程の恐怖の余韻が残っているというのにこの男は……。
というツッコミを堪えつつ、気になっていたのも事実なのでディツェンバーの答えを待つ。
「……メルツ、君にこのメンバーの統率役を頼みたいんだ」
「…………え、俺様?」
「そう、君様。状況確認や処分の仕方も君に任せる」
結構な重役だ。だがメルツに拒否権はない。渋々頷いたのを見てから、視線をアプリルに移す。
「アプリルには魔術による援護、及び伝達係として。アウグストやオクトーバーが留守にしているからね」
魔術を使用出来る者達の名を挙げられたので、完全に退路を断たれたアプリル。包帯の下では嫌そうに顔を歪めているのだろうか。
「マイとユーニには戦闘面で活躍してもらおうかと思っているけど……これもメルツの判断に任せるよ。それとゼプテンバール」
いよいよ自分だ。そう思って身構えていたが……
「よろしくね」
「………………」
何を!?