第119話
「撤廃……? アルター様、それはいくら何でもやり過ぎじゃありませんか……?」
「何故そう思う? モーナトよ」
「魔界と人間界は不干渉が暗黙の了解です。人間が魔界に来る事は無いし、まず私達の事が見える人間は数少ないので──」
「空気を読んで黙っておけ、と言うのか?」
アルターの言い回しに、モーナトは黙り込んでしまった。
モーナトはそもそも争い事が好きでは無い。魔界の生活に飽きた者や、弱い者を蹂躙したいと考える者は掟を破って人間界へ不正に渡航する。
ディツェンバーの時代以前から、そこだけは変えてはならないものだった筈だ。
「では貴様は、俺達が見える人間が魔物殲滅隊なる組織を作り上げた事を聞いてどう思う」
「魔物、殲滅隊……?」
言葉の通り、魔物が見える人間が結束した組織なのだろう。
アルターが何を言いたいのか、モーナトでも分かる。
「我が同胞が殺される事となるのだぞ。貴様はそれでも黙っておけるのか?」
「それはっ──」
「現段階では人間界に蔓延る魔物、と限定されているが……早急に対処しなければ人間はいつか魔界に攻め込んでくるかもしれん。文字通り、俺達を殲滅する為に」
「────」
魔物と人間。魔界と人間界の全面戦争になると、アルターは告げているのだ。
それはどちらにとっても最悪の結果だ。
「でも……それが、正しい事かは……」
「ならばこう言い変えようか。俺は人間と仲良くする気は毛頭ない。全面戦争賛成だ」
流石に今の言葉には、返す言葉が見つからなかった。ヤーレスツァイトもラヴィーネも同様らしい。ヴェッターはどうか分からなかった。アルターの為ならばやると言いかねないが、現時点では沈黙を貫いている。
「この話はここまでにしよう。ヤーレスツァイト、二週間以内に仕上げろ。その後引き継ぎを行ってもらう」
「…………了解」
「モーナト、貴様はいつも通りに仕事をこなせ。四人共通の責務を課す際は原則貴様を通す事とする」
「…………畏まりました」
「以上。解散して良いぞ。あ、ヴェッターはそこに残れ」
ヴェッターを部屋に残し、三人はアルターの執務室を後にした。少しの沈黙の後、口を開いたのはラヴィーネだった。
「あの……先程の話なんですが……」
「俺はどうでもいい。その時はその時だ」
「私は……賛同出来ない……」
戦いは、楽しくない。それがモーナトの本音だ。
倫理観の欠けている魔物が多い中で、モーナトは珍しい部類だろう。出来る事ならば真っ向から反対意見を述べたい。しかし──
「でも私はアルター様の部下だから……。従うしか、ないよね……」
それが出来ないのが、現状だった。ラヴィーネは掛ける言葉を見付けられなかったのか、「そうですか……」と小さく返事をするだけだ。
ヤーレスツァイトはやはり興味無さそうに、モーナト達から背を向けて歩き始めてしまう。
「ま、命令された事をやればいいんだろ? 俺はやりたいようにやるだけだ」
「ヤーレスツァイトさん……」
「でも、彼の言う通りかもしれませんね……。モーナト様」
ラヴィーネはモーナトに向き直って、微笑み掛けながら彼を見上げた。
「貴女の気持ちは……少しだけ理解してるつもりです。その想いは……いつか必要になるかもしれないので、どうか大切にして下さい」
励ますように掛けられたその言葉が、モーナトの胸にすとん、と落ちた気がした。
主従関係がハッキリしている今、面と向かってアルターと敵対する事は出来ない。しかしいつか、モーナトのような反対意見が必要になる時が来るかもしれない。
そう思うと少しだけ安心出来た。
「ありがとう、ラヴィーネさん」
「いえ。それでは、お互い頑張りましょう」
ふわりと花のような笑みを浮かべて、ラヴィーネも去っていく。その背が見えなくなるまで見送ってから、モーナトも仕事に戻ったのだった。