第116話
ラヴィーネという名の少女は、アルターに呼び出され魔王城までやって来たとの事。ヤーレスツァイトとの言い争いを中断し、応接室に彼女を通す。
近くにいたメイドにアルターを呼ぶように伝え、ヤーレスツァイトに着替えさせるように指示を出す。
ヤーレスツァイトはまず血の匂いを落とし、清潔な服に着替えさせねばなるまい。アルターの部下として働くのであれば尚更だ。
急いでメイド服に着替えた後、用意させていたティーセットをワゴンに乗せ応接室へ向かった。丁度アルターとヤーレスツァイトも部屋の前に立っていたので、タイミング的に良かったと言える。
アルターが入室するなり、ソファーに背筋を伸ばして座っていたラヴィーネが立ち上がり頭を垂れた。
「お初にお目にかかります。ラヴィーネと申します……!」
「良い。座れ」
アルターがソファーに腰掛けてから、ラヴィーネも再び腰を下ろす。ヤーレスツァイトが「俺はどうするべきなんだ」と言いたげにモーナトに視線を送ってきたので、
「アルター様の後ろに控えてて。指示があるまで動かない喋らない分かった?」
と、小声で教えてやる。
彼が頷いたのを確認してから、モーナトはアルターとラヴィーネの前に淹れたての紅茶を差し出した。
「どうも……」
「さて、小娘よ」
ビクッ、とラヴィーネは肩を揺らして返事をする。呼び出された件に思い当たる節が無いのだろうか、緊迫した様子でアルターに視線を向けていた。
「貴様が聡明な女と見越して聞くが……先日の武術の大会。不正は無いな?」
「も、勿論でございます……!」
「なら良い。貴様を魔王軍軍隊長に任命する。以上」
早い。理解が追いついていないらしいラヴィーネは、目をパチパチと瞬かせている。そんな彼女には目もくれずに、アルターは出されたばかりの紅茶を口に運んだ。
「魔王軍軍隊長……って、この女にそんな実力あんのかよ。虫も殺せなさそうな顔してるぜ?」
「喋るなっつったでしょヤーレスツァイトさん」
「見た感じ体つきも華奢だし、すぐやられそうだけどな」
ラヴィーネに対して失礼極まりないが、モーナト自身少し不安だった。魔王軍とは魔王に従属する、いわば兵器だ。
第74代目魔王・ディツェンバーの代に軍隊長に就任していたヤヌアールがいい例だ。
圧倒的な戦力を誇り、カリスマ性も兼ね備えた女性。かの反乱で百人以上の敵を一人で薙ぎ払ったと語り継がれているのは有名な話だ。
そんな彼女の後任が大人しそうな少女であるのは如何なものか、と疑問に思うのは当然の摂理だと思うのだが。
(でもアルター様が理由も無しに自分の部下にするって言う筈も無いし……)
それにアルターの口振りから察するに、ラヴィーネは先日行われた武術大会でかなりの成績を収めているようだ。
モーナトはそのような大会に興味は無いので知らないが。
「ではヤーレスツァイト。モーナトと二人でこの小娘を相手にしてみろ」
「えぇっ……!?」
「はぁ!?」
「ちょっと待って何で私が入ってるんです!?」
はっきり言ってモーナトは戦闘向きでは無い。護身程度のナイフ術を身に付けた程度であり、真剣勝負等出来る筈も無いのだ。
それも数十分前に知り合ったヤーレスツァイトとどのようにして協力すれば良いと言うのだろうか。
ヤーレスツァイトも不服らしく、アルターに物申していた。
「貴様等の実力の確認としても良いだろう。俺が審判を務める。全員、共用広場に出ろ」
(共用広場って……)
城の近くにある、文字通り誰もが使用出来る広場。国民の様子を見守りたい、と魔王が使用人を連れて赴く事もあるそうなのだが。
(今回の場合……見世物にされるやつだよね……)
大勢の前で恥を晒す事になるかもしれない。そんな嫌な予感を抱きながらも、モーナト一行は共用広場に向かって再び城を後にした。